●井上章一著『大阪的 「おもろいおばはん」は、こうしてつくられた』/幻冬舎/2018年11月発行 大阪論である。厳密にいうと「大阪論」に関する論である。これまで人々はどのように大阪を論じてきたか。その議論の紋切型を正して相対化すること。それが本書の趣旨である。「大阪は、ほんとうに大阪的か」というオビの謳い文句が端的に本書の問題意識を表現しているといえよう。 対象そのものよりも対象がどう論じられてきたかを検証するというスタイルは、著者がこれまで採ってきたおなじみのもの。 本書の基本認識は「世の大阪像は、東京のメディアがふくらましてきた」というものである。同時にもう一つ重要なのは「なかには大阪のメディアが話を盛ってきた部分もある」という視点を加えていること。ステレオタイプの大阪像の形成には地元のテレビ局などもけっこう加担してきた、というわけだ。 冒頭に置かれた「大阪人はおもしろい」説について歴史的に考証する論考はツカミとしては最上だろう。 大阪人はおもしろい。確かにそう考える人は大阪の内外に数多く見受けられる。一つのステレオタイプだ。ところが谷崎潤一郎が一九三二年に書いた随筆には以下のようなくだりがあるらしい。 「関西の婦人は凡べて……言葉数少なく、婉曲に心持を表現する。それが東京に比べて品よくも聞え、非常に色気がある」 そこに描かれているのは「今のテレビなどがはやしたてる」のとは「まったく正反対のおばちゃんたち」の様子なのだ。 さらに「大阪人はアレでなかなか滑稽を解する。その点はやはり都会人で、男も女も洒落や諧謔の神経を持っていることは東京人に劣らない」とも述べている。大阪人こそがそういう方面の達人だとは、まったく思っていない。「彼らにも諧謔味はある」という書き方なのは注目に値する。 井上はいう。「大阪女性の陽気な開放性を強調する一般通念」は、谷崎が関西に住んでいた一九三〇年代以降、「あとで新しくこしらえられたのである」と。 その一つの端緒となったのは、テレビ大阪の「まいどワイド30分」という番組であったと井上は具体的に指摘している。「路上取材でであった女性の中から、ゆかい気に見える人だけをぬきだし、放送」した。のちに在阪各局がこの手法をとりいれたという。 大阪人の人柄を阪神タイガースで象徴させる議論も、そんなに古いものではない。一九六〇年代の民放は読売戦以外の中継をしていなかった。関西でも例外でなく、甲子園球場の試合は閑古鳥が鳴いていた。 状況が変わったのはサンテレビが阪神戦の放映に踏み切ってから。一九六八年に創設された同局は放映ソフトの獲得と拡充に苦慮していた。苦肉の策として地元球団である阪神の全試合完全中継に乗り出した。「阪神戦は、おおげさに言えば新設UHF局の巨大な埋め草」として浮上したにすぎなかった。関西圏で暮らす野球好きの多くが阪神を応援するという今ではごく自然と思われる現象はこうして始まったのだった。 大阪のクラシック音楽に関する論考はややマニアックだが、我が意を得たりという思いで読んだ。関西は、貴志康一や大栗裕、大澤壽人という偉大なる音楽家を生んだ土地でもある。 貴志は大阪生まれで、戦前、ベルリン・フィルのタクトをとり、自作の管弦楽曲を発表するという経歴の持ち主。 大栗は自作の楽曲に大阪土着の音楽を採り入れたことで知られる。「浪速のバルトーク」と呼ばれた。 大澤は神戸生まれ、欧米で同時代の音楽を吸収し、ボストンやパリで自作を発表し高く評価された。 このように二〇世紀中葉までの関西は、世界にとどく音楽家を育んでいた。人材の育成という点では、官立大学にまけない機能を果たしている。しかし関西を拠点にしていた彼らの活動は「東京の音楽史」においては冷遇されてきたと井上は指摘する。大阪論・関西論でクラシック音楽に言及するような議論は一般のメディアではさほど多くはない。その意味では「アカデミックな音楽でかがやいていた時代」をもつ大阪・関西の音楽史に光を当てた本書の視点には大いに共感する。 本書は、先に刊行した『京都ぎらい』に比べると当事者性が薄くなった分、随想的要素は抑えられ、より批評的な記述になっている。もちろん、型に嵌った認識を徹底的に解体するという基本姿勢は健在である。関西圏以外の読者にはいかなる感想があるのかよく分からないけれど、生まれも育ちも大阪という私にはすこぶる面白い本であったことは確かである。
by syunpo
| 2019-07-11 21:22
| 地域学
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