●上野千鶴子著『老いる準備 介護すること されること』/学陽書房/2005年2月発行
本書の底流を貫く考え方は、チマタにあふれる「高齢者はできるだけ社会のお荷物にならないよう健康体を保とう」という「みのもんた的」言説と、何かといえば「家族の絆」を訴えて「明るく楽しいマイホーム」づくりに誘導してやまない「広告代理店的」言説による社会の同調圧力に対する毅然とした否定である。 人は呆けたくて呆けるわけではない。どんなに頑張っても、呆けることもあるし、足腰が立たなくなることもある。若々しさへの飽くなき信仰は、その裏返しとして、心ならずも若さや精気を失った高齢者の「生き難さ」へとつながる。 また、介護保険制度がスタートせんとする時、水を差した亀井静香の「家族は家族が看る日本の美風」発言とは何だったのか。ここでの「看る家族」とは、もっぱら「長男の嫁」を指すことくらい日本人なら誰でも知っている。女性を家庭に縛りつけ、介護という名のタダ働きを強要してきたのが、これまでの日本社会ではなかったか。 そこで、上野千鶴子は主張する。 知恵があろうとなかろうと、自力での生活が可能だろうと無理だろうと、人はどのような状態になっても、誰に憚ることなく生きる権利を謳歌していいのだ、と。 そして、高齢社会では家族介護だけではとうてい乗り切ることはできない、介護の社会化が必須なのだ、と。 著者は介護保険制度をとりあえず評価して以下のように述べている。 介護保険が税方式ではなくて保険方式になってよかったという理由のひとつは、介護保険が、それまでの高齢者福祉を、措置から契約へ、恩恵から権利へと変えたことである。福祉行政をめぐるこのパラダイム転換の意義は大きい。(p112) これまでタダで行なわれてきた家族介護が社会化されることで、長男の嫁は介護の責任から少しだけ解放され、介護される側は嫁への負い目を回避して堂々と対価を支払って介護サービスを受けられるようになった。 サービスが有償であることは非常に重要なことである、という。 本書では、介護する側・される側の両面から、よりよい介護とは何かが追究される。 介護サービスの担い手として、「官」「民」「協」の三つが考えられる。結論だけを言えば、「官」は非効率で、「民」は利潤を最優先するために利用者にとって最善のサービスが必ずしも保証されない。そこで期待を寄せるのが「協」すなわち市民事業体である。 市民事業体とは、営利を目的としないで、市民が地域のケアサービスの担い手になる活動である。いずれは自分たちも需要サイドにまわることを前提に、その時に自分自身が受けたいと思うようなサービスを供給する。(p143) 具体的には、生活共同組合傘下の「ワーカーズ・コレクティブ」の活動に、ひとつの希望を見いだしている。そこでは、自身の介護に悔いを持つ主婦たちが集まって、自分たちが苦労したことを基礎に、あくまで利用者のニーズにあったサービスが模索されている。 もちろん、そうした活動にも冷ややかな視線が注がれることもあるだろう。単なる自己満足ではないのか、と。 人間が自分が生きてる間に、誰かに必要とされたいと思うのは、不純どころじゃない、人間にとって自然な動機だとわたしは思う。誰かに必要とされて、赤の他人にでもいい、ありがとうと言われて、ああわたしはここに生きててよかったと思える、それを自己満足と呼ぶ。それでいいと思う。(p231) 上野千鶴子の考え方は、みずからも白状するように「団塊の世代」のライフスタイルや指向を色濃く映し出している。家族や社会よりも自分が大事。老後のケアをあまり子供に期待しない。仕事一筋の高度成長世代とは違って「遊び」にも罪悪感を持たない……などなど。 彼女の徹底した家族(制度)への不信感には、少したじろがないでもないが、その幅広い知見からくり出される切れ味鋭い提言に、賛成する者も反発する者も、少なからぬ知的刺激を得ることだけは間違いない。 ちなみに、本書でも「ジェンダー」という言葉が、何度か登場する。昨今、自民党の政治家など保守オヤジによって繰り広げられている「ジェンダー」論議が、いかに問題の本質を矮小化した愚劣なものかは、本書を読む者なら喝破できるだろう。
by syunpo
| 2006-04-11 13:24
| 社会学
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Comments(6)
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shabekuri at 2006-04-12 00:06
コメントありがとうございました。
見識のある記事に感服し、自分の記事の稚拙さを恥じ入ります。 たしかに、あの頃、亀井静香に幻滅し、怒りを覚え、街角で初めて署名をしたのを覚えています。どのような制度であれ、介護や福祉がつまらない道徳観にとらわれることなく、権利と声高に訴えることなく、万人が利用できる制度に変わりうることを願っています。
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syunpo at 2006-04-12 09:54
shabekuri様、ご訪問ありがとうございます。
これからの少子高齢化社会にとって、介護は、誰もが当事者になりうる問題です。まさに「万人が利用できる制度」にすることが必要ですね。
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tsukinoha at 2006-04-15 06:14
こんにちは。
先日はご訪問ありがとうございました。 どれもが読みごたえのある記事で素晴らしいですね。 高齢者関連の広報の製作に携わっていますが、思う事いろいろです。 まさにひとりひとりが当事者なんですよね。
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syunpo at 2006-04-15 10:17
tsukinoha様、コメントありがとうございます。お褒めいただき、少し元気がでてきました。
これからもよろしくお願い申し上げます。
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canon1012 at 2006-05-09 22:47
こんばんわ。初めてコメントさせてもらいます。上野さんがこういう本を書いておられるとは・・・少し難しそうですが読んでみたいです。文字通り長男の嫁で介護は目前。気になっていた事の答えが見つかるような気がします。こんな立派な文章にはおよびませんが、志は高くわたしも頑張ります。
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syunpo at 2006-05-09 23:10
canon1012さま、ようこそ拙ブログへ。
上野さんの本を読んでいると、男の立場として、時々ムカツクことなきにしもあらずですが、結局、本を閉じる時には、「そうだよなぁ」と思っている自分に気付きます。 「介護」は、する方・される方、二つの立場がありますが、誰もが当事者になりうる問題です。勉強して無駄になる、ということはないと思っています。 ご訪問&コメントありがとうございました。
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