●姜尚中著『姜尚中の政治学入門』/集英社/2006年2月発行
集英社新書における著者の四冊目の本。「アメリカ」「暴力」「主権」「憲法」「戦後民主主義」「歴史認識」「東北アジア」の七つのキーワードを手がかりに、日本と世界の姿を読み解いていく。政治思想史を専門とする著者だけに、ルソーやホッブズ、カント、ハンナ・アーレントなど政治学の範疇を超えた思想家の名も数多く出てくる。 生真面目にして堅実な語り口だが、入門と銘打っていることもあって、先行者の知見の紹介や読解に重きがおかれ、著者独自の独創的な政治学的展望を期待する者は物足りなさを感ずるかもしれない。 「暴力」や「主権」の章では、話題のアントニオ・ネグリとマイケル・ハートの唱える概念「マルチチュード」が引用されるあたり、いかにも「今風」なのだが、擦れっ枯らしの思想家連中とは違い、好意的に紹介されているのが本書の特色といえよう。 ただ、国民国家の限界が明らかになった今、グローバルな主権を誰が担うのか、という問題に対して、ネグリとハートの「帝国」やハンス・ケルゼンの「国際連合」構想の引用に終わっているのは、ややさびしい気がする。 「憲法」の問題では、「人民から権力を受託した側が、それを恣意的に行使できないように制約を課すもの」との基本認識を再確認して、「国の伝統や文化、義務についても書き込もう」という昨今の改憲論に釘をさしている。 章末にイェーリングの『権利のための闘争』が推薦されているのが、興味深い。イェーリングにとって、権利のための闘争とは、倫理的な人格の自己主張であると同時に「国家共同体に対する義務」でもあった。 最終章の「東北アジア」の地域構想に関する記述に、姜尚中の立場が明確に現れている、というべきだろう。戦前、日本が主導した「大東亜共栄圏」とは異なる文脈と異なる主体によって提唱される東北アジア共同体構想に、日本は積極的に関わっていくべきだと主張する。 歴史認識をめぐる相克と冷戦構造の残滓は、ユーラシア大陸の東端の未来構想に暗い影を投げかけています。これらの問題が解決されない限り、おそらく地域主義の夢は、虚妄に終わることでしょう。 しかし私自身は、たとえそれが決断主義ではないかと謗られても、ナショナリズムの実在よりは、東北アジア共同体の虚妄に賭けるべきだと考えています。それこそが、太平洋の向こう側だけでなく、玄界灘にも架け橋をつくることになるからです。(p161〜162) この構想の具現化が成った暁には冷戦以降の世界の一極化に歯止めをかけることができる、という見解に異論はないが、世界の現実を前にするとき、どれほどの実現性があるのかいささか心もとないのは、なんとも残念である。
by syunpo
| 2006-07-28 20:38
| 政治
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