●見田宗介著『社会学入門』/岩波書店/2006年4月発行
宮台真司や大澤真幸、吉見俊哉らの精鋭がゼミから巣立っていったことで知られる社会学者の大御所、見田宗介による文字どおりの入門書。著者が大学で行なった講義のなかから、社会学の「序論」「総論」「結論」にあたる部分を抜粋し、手を加えたものである。 社会学とは「関係としての人間の学」と定義づけ、あらゆる個別の学問の領域を仕切る国境を越えつづけることにその存在意義を見出す序章「越境する知」、旅の面白さを比較社会学へと連関させていく一章「鏡の中の現代社会」は、まさに社会学への扉を開く魅力に満ちた文章だ。 二章「〈魔のない世界〉」における色彩の受容史から現代を読み解く視点は興味が尽きないし、さらに紫貝をめぐるメキシコ人とユーラシア大陸人の歴史的挿話は、大いなる余韻を残して私たちを深い洞察へと誘う。 三章「夢の時代と虚構の時代」では、著者の戦後史分析が概論的に述べられている。一九四五年から六〇年頃までの「理想」の時代、六〇年から七〇年代前半までの「夢」の時代、七〇年代後半からの「虚構」の時代……と区切る戦後史観は、別著『現代社会の理論』で体系的に展開されているものだ。 続く四章「愛の変容/自我の変容」は、七〇年代初頭から九〇年代初頭までの朝日新聞「朝日歌壇」に寄せられた短歌から時代相を読み取るものだが、社会学的考察というよりも学者による随想といった方がよいかもしれない。 五章「二千年の黙示録」は、D・H・ロレンスの『アポカリプス』、吉本隆明の「マチウ書試論」をもとに「関係の絶対性」について考察したもの。 六章「人間と社会の未来」では、人類史を数次の産業革命とみなす壮大な見取り図を描きつつ、未来へつなぐ「革命」を呼びかける。「道具・言語の発明=第〇次産業革命」「農耕と牧畜の発明=第一次産業革命」「工業を基礎とする第二次産業革命」「情報化を中心とする第三次産業革命」を経た現代は、まさに大きな歴史的転換点にある、という認識である。 補章「交響圏とルール圏」は「未来の社会構想の骨格を記したもの」として、本書の結論部に相当するものだが、著者自身の言葉を借りれば「難解」なため、補章として括られた。 「交響するコミューン」として提示されるその構想は、従来の「コミューン」像とは異なったコンセプトが打ち出される。 社会のこれまでの通念史の内の「コミューン」という名称のほとんどが強調してきた、「連帯」や「結合」や「友愛」ということよりも以前に、個々人の「自由」を優先する第一義として前提し、この上に立つ交歓だけを望ましいものとして追求するということである。(p181) そこでは、個人たちの同質性でなく、反対に個人たちの異質性をこそ、積極的に享受する。すなわち「異質な諸個人が自由に交響するその限りにおいて、事実的に存立する関係の呼応空間である」。 見田宗介の提唱する「交響するコミューン」は、特に目新しいビジョンというわけではなく、他に類似の理論モデルを指摘することは可能かもしれない。たとえば、別の社会学者なら「コモンズ」と呼んでいるもの、あるいは、岩井克人の「市民社会」、柄谷行人の「アソシエーション」などとも通底するものだろう。 本書全体を総括すれば、多彩な素材を駆使しながら、社会学の果てしない魅力と可能性を感じさせてはくれるものの、ややまとまりを欠いているような印象も否定できない。
by syunpo
| 2006-11-23 22:07
| 思想・哲学
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Comments(4)
社会学部出身の私として気にはなっていた本で、こちらでご案内を頂いてから今夕やっと図書館で借りてきて、3章まで読んだところです。
インドに旅をする話しが出てきますが、20才の時に1ヶ月ほど一人旅をした時の記憶が蘇り、その通り3週間目には10年居たような錯覚をしていたことや、また、当時既に忘れているもの(時を過ごす感覚、貧困、慈しむ気持ちなど)をいくつも思い出したことが懐かしかったです。 社会学の「越境する知」は、マーケティングを職としている私としても時に意識に上る事がありますね。理系の技術者に囲まれる毎日なので特にその部分への問題意識は仕事の上で私の「強み」になっているようです。 戦後の分析はとても明快で、この著者が小泉内閣後の格差(助長)社会をどう見ているのかな、と思います。(社会学者はやたらと2軸4セグメントの分析や論旨の3類型をしますのでその発想だと難しいテーマではないでしょうか。) 後半を読みましたらまたコメントします。
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syunpo at 2006-12-04 09:56
FADさま、
いつも思わぬエントリーにコメントを頂戴し、御礼申し上げます。 そういえば、私の学生時代にもインドに一人旅をする学友が何人かおりましたね。一人はコレラをもらってきて大騒ぎになりましたが。 見田宗介については、かなり前に何冊か読んで、特にこれという印象は残らなかったのですが、昨今、弟子筋の学者たちがやたらとその名を口にしているので、本書を手にとってみたのです。つい最近も、宮台真司がラジオで戦後史分析を引用していましたね。 見田氏自身は、新聞雑誌などのメディアで自説を展開する機会をもっているのでしょうか、最近あまり読んだ記憶がないのですが、今日の格差社会に対してどのように考えるのか、たしかに興味深いところです。
後半読みました。短歌の章は確かに随想で、文学部社会学科のノリであり、別のところでやって欲しい内容です。「社会構造の人間的な意味」への感覚をもって理論を進める(101頁)と言いながら、あまり理論的ではない。「関係の絶対性」は社会学の枠組みでは語りきれない、政治的かつ歴史的な広がりのある内容で、読み応えはありました。人類の発達の類型化は、多くの社会学者が自説の基盤として各様に設定するものなので、軽く読み流しました。「交響するコミューン」の概念は私が学生時代(約25年前)から知っていましたので新鮮味はありませんが、こういう理念的なものを常に内包していないと、社会学者は政治や行政の僕になってしまう傾向がありますから、これはこれで最終章に必要な内容だと思います。、、などなど書き綴ることで、久々に学生時代に戻ったような感覚を味合わせて頂きました。ありがとうございました。
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syunpo at 2006-12-10 21:04
FADさま、
「交響するコミューン」は、かなり古い概念だったのですね。私は、見田氏の思索の総決算として、最近、提唱し始めたものとばかり思っていました。 社会学に通暁しているゲストの方のコメントが加わったおかげで、当ブログの他の読者の方にも、より立体的な道標を提供することができたのではないかと思います。ありがとうございました。
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