●最上敏樹著『いま平和とは』/岩波書店/2006年3月発行
国際法・国際機構論を専門にする著者が、平和について多角的に解説した本である。二〇〇四年にNHKで放送された「NHK人間講座」のテキストに加筆修正がほどこされたもので、そのため語り口は平易で読みやすい。 今日、「平和」という概念には、多様な意味やニュアンスが含有されている。 「戦争がなくとも平和ならざる状態はある」という視点から理論化された「構造的暴力」論では、人を殺傷するような従来の「直接的暴力」論にはない多角的な問題……貧困、人権侵害、環境破壊なども考察の対象とされるのである。 ただし、本書では著者の専攻に沿って、国際機構による安全保障活動の役割やその限界、国際法の発展の歴史的記述、NPO活動の可能性などに紙幅が割かれている。 第3話で触れられている国連ルワンダ監視団の「失敗」からは、国際社会は学ぶべき点も多いことだろう。第5話で言及される「人道的介入」は、今後も議論の尽きることのない難問を孕んだもので、平和を考察するうえで避けてとおることのできないテーマだ。 第7話の「核と殲滅の思想」では、核兵器に関する問題が論じられている。とりわけ核兵器の使用が国際法上「違法化」される過程についての記述は、まことに興味深い。一九九五年、国際司法裁判所が勧告的意見において「核兵器の使用は原則として違法である」との判断を示したのが国際法上最初の明確な判断だったという指摘からは、国際社会で核軍縮を進めることの現実的困難を思い知らされる。 最終章の第9話では、ヨーロッパにおけるEUの試みから話を説き起こしながら、東アジア共同体構想へと議論を展開し、「隣人との平和」が強調される。 全体的にやや講義調ながらも、問題点が簡潔にまとめられた「平和学」の良き入門書といっていいだろう。
by syunpo
| 2007-04-16 19:28
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