●伊勢崎賢治著『武装解除 紛争屋が見た世界』/講談社/2004年12月発行
紛争のある場所に赴いて、それを調停し武装解除させ、社会の再構築のためにインフラ整備などに力をふるう「紛争屋」。本書は、そんな「紛争屋」を自認する著者の体験記ともいうべき本である。通り一遍の報道からは伺い知ることのできない現場での詳細が綴られていて、日本の「国際貢献」を考えるうえでの絶好の書物といえるだろう。 伊勢崎が手がけた仕事は、主にDDR(Disarmament, Demobilization & Reintegration=武装解除、動員解除、社会再統合)と呼ばれる平和プロセスである。これは中立性を保ちながら現地の実力者との根気強い交渉力を要するタフな任務だ。 第一章は、東チモールの暫定政権(国連東チモール暫定統治機構)で県知事を任された経験を描いたもの。国連民生官、国連文民警察、国連軍事監視団、国連平和維持軍を統括するガバナーとしての活動が活き活きと記述されている。 ここでの国連ミッションは、年間予算にして5億ドル(約600億円)が投入されたために一部からは「贅沢な独立」と揶揄されたらしいが、総体的に円滑に事が運んだケースであった。 第二章では、アフリカのシエラレオネにおける国連シエラレオネ派遣団の活動が紹介される。ここでは米国の思惑もあって、戦争犯罪人を副大統領に就任させて、人権や正義の実現よりも安定政権をつくるという現実的な果実を優先させたことが苦々しく述べられている。複雑な内戦が続いた最貧国での平和維持活動の困難さが浮き彫りにされる。 戦争犯罪を裁くためには時間と労力とカネが要るという指摘は、考えてみれば当たり前のことだが、あらためて言及されると平和再構築の一つのジレンマとして重要な指摘のように思われる。東チモールでもシエラレオネでも、特別法廷のキャパは「需要」よりも小さく、リストアップした犯罪人を全員裁くことは物理的に不可能であった、という。伊勢崎はこのあたりの事情を端的に次のように記している。 戦争裁判は、人を裁くという冷酷なイメージからか、なかなか資金援助を得られず開設が遅れ、『和解』が先走ることになる。(p105) 第三章は、アフガニスタンの復興支援。ここで行なわれたのは、正規のDDRではなく、順序を逆にしたRDDだった。米国が起こした戦争と戦後の混乱に対して、国連は復興の主導権をあえて握らず、意識的に影を薄くする「軽い足跡」を選んだのだ。ここでの国連ミッションはPKOではなく、小規模の政治ミッションであった。伊勢崎の身分は、外務大臣特命の日本政府の特別顧問。日本主導で実施した武装解除を差配した。 アフガンの武装解除においては、その活動の中立性や公正さを担保するために、アフガニスタン自治政府の国防省改革にも積極的に関与したらしい。国防省といっても特定の地方軍団が牛耳っていたのだ。国防省改革への介入は現地では「内政干渉」との批判も受けたが、日本の血税を注いで復興援助を行なう以上、特定勢力に加担することはできない、という著者の言い分も充分に説得力を有するものだ。 被援助国の秩序を根本的に回復するため援助に条件をつけることと内政干渉とは紙一重である。アフガニスタンにおける日本の経験は、一つのモデルケースとして今後のためにも大いに参照されるべきだろう。 伊勢崎は、以上のような具体的な活動内容を振り返り、日本国内での幼稚な安全保障論議を概観したうえで、最終的に憲法の前文と九条の護持を主張している。 現在の政治状況、日本の外交能力、大本営化したジャーナリズムをはじめ日本全体としての「軍の平和利用能力」を観た場合、憲法特に第九条には、愚かな政治判断へのブレーキの機能を期待するしかないのではないか。(p236〜237) アフガニスタンのテロ対策問題を契機に、今、国内ではあらためて自衛隊の国外活動についての議論が活発化している。本書は三年前に刊行されたものだが、もちろん今なお色あせてはいない、一読に値する好著といえる。
by syunpo
| 2007-11-05 18:58
| 国際関係論
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