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まず現場を見よ〜『少年犯罪厳罰化 私はこう考える』

●佐藤幹夫、山本譲司共編著『少年犯罪厳罰化 私はこう考える』/洋泉社/2007年6月発行

まず現場を見よ〜『少年犯罪厳罰化 私はこう考える』_b0072887_2294125.jpg 昨今、少年による“凶悪犯罪”がセンセーショナルに報道される機会が増えたこともあって、少年犯罪に対していかに対処していくか、という議論が活発化しているようにみえる。
 凶悪犯罪に対する一般社会の声は厳しさを増し、被害者やその家族への配慮を求める世論の沸騰を背景に、二〇〇〇年以降、少年法が二度にわたって改正された。それは大雑把にいって少年犯罪厳罰化の流れに沿ったものである。
 しかしながら、少年法改正論議ではしばしば観念論や感情論が突出し、「審判・裁判」から「処遇」「更生」にいたるまでの一連の過程を知悉したうえでのエビデンスに基づいた議論に乏しいのではないかーー。本書はそうした認識にたち、罪を犯した少年たちと接してきた現場の人々の論考をまとめたものである。内容的には玉石混交ながら一読の価値を有する本だといっていい。

 「審判」のタイトルが付された第一章では、寝屋川事件を担当する弁護士の岩佐嘉彦の論考が有益だ。少年審判と刑事裁判の相違を具体的に記述しているほか、少年の再犯を防ぐためには少年刑務所と少年院とでいずれが適切な処遇ができるか、という点についての考察も興味深いものだ。岩佐は、少年刑務所では当該少年のような「広汎性発達障害」を視野に入れたプログラムは実施されていないことを指摘して、少年院送致の方が適切であることを訴える。その観点から刑事処分(少年刑務所への送致)をくだした大阪地方裁判所の判決には疑問を呈している。
 本書の企画者である佐藤幹夫(フリージャーナリスト)の一文は「原則逆送制度を導入して以降、少年の審判・裁判は大きなジレンマを抱えることとなった」という判断を示して、その点について洞察を深めたものである。とりわけ板橋両親殺害事件を例にとった記述は説得的だ。この裁判でも弁護側の保護処分を訴えた主張は一切斥けられ、厳しい刑事処分が科された。
 「言ってみればこの判決は、少年の教育や更生よりも、社会の処罰感情が優先されなくてはならないことをはっきりと打ち出した判決である。ここには、少年法を貫いてきた理念はもはや見られず、成人の裁判以上に、応報的な視座と論理で示された判決だったという点が大きな特徴である」(p84)と批判している。
 
 「処遇」に関して考察した第二章は、本書の核心を成す項目の一つといえよう。
 元法務省心理技官で現龍谷大学教授の浜井浩一は、法務省在職時の少年鑑別所、少年院、少年刑務所などでの実務経験をもとに、少年院と少年刑務所での処遇の違いについて論評している。少年刑務所は少年院とは違って「管理」する施設であり、臨機応変な教育的プログラムを実践することは困難と述べたうえで、次のように結論している。

 事件の重大性や被害者遺族の感情を考慮して、応報的な観点から被告人は刑事責任を負うべきだと考えるのであれば、そのように指摘すべきなのであり、精神的に未発達な少年に対して、刑罰が、更生を促し、再犯を防止するかのごとき論理を用いるのは詭弁以外の何ものでもなく、問題の本質をあいまいにし、少年司法の発展にとって有害である(p116)

 元衆議院議員で服役経験をもつ山本譲司も同様に、刑務所内処遇に少年の更生・再犯防止効果はあるか、との視点から少年院との比較において検討を加えている。そのうえで、刑務所の処遇の限界を指摘し「少年の更生というのであれば、それは絶対に少年院処遇を選ぶべきだ」と明言する。

 「更生」をテーマにした第三章は残念ながら不出来な内容である。
 同志社女子大学教授(児童文化)の村瀬学の論考は、個人的随想の域を出ない駄文。インタビューをまとめたとおぼしき元法務省技官(現大阪大学大学院教授)の藤岡淳子の発言は、自身の職務経験を踏まえて少年犯罪と社会とのあるべき関係を真摯に述懐したものだが、全般的にやや物足りなさを覚えた。

 第四章の「教育と社会」に関する記述も、いささか薄味だ。
 公立中学校教員の赤田圭亮の一文は、学校教育の現場からの興味深いレポートながらも、イジメやモンスターペアレンツの問題に紙幅が割かれていて本書の趣旨からはややズレている。
 品川裕香(教育ジャーナリスト)は、現在の教育の問題点を理念的な見地から、たとえば子供の「成長発達権」などの概念を持ち出して考察していて、論旨には特に異存を感じないものの、やや上滑りの印象が拭えなかった。
 精神科医の高岡健の論考は、アジア的遺制という認識をベースに昨今の少年犯罪厳罰化への警鐘を鳴らしたもので、こちらはそれなりに面白く読んだ。

 全体をとおして「少年犯罪の厳罰化」と呼ばれる一連の動向のなかの矛盾やジレンマを剔出する論調が基本をなしており、その流れに積極的な評価を下している論考はまったく掲載されていない。現在進行しつつある厳罰化の趨勢に対してほぼ共通の問題意識をもった執筆者たちによるアンソロジーという性格を考慮するなら、タイトルにはもっと明快に「少年犯罪厳罰化」への批判的姿勢を示すような語句を織り込んだ方が、読者には親切だったかもしれない。
by syunpo | 2007-11-07 22:39 | 憲法・司法 | Comments(0)
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