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ブックラバー宣言

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映画を肯定するための自覚〜『映画崩壊前夜』

●蓮實重彦著『映画崩壊前夜』/青土社/2008年7月発行

b0072887_18423325.jpg いうまでもないことだが、ここにいう「映画崩壊」とは、昨今、ジャーナリズムが常套的に使っている「医療崩壊」や「教育崩壊」などの「崩壊」とはまったく意味内容を異にするものである。それは、かつてそれなりに円滑に機能していたものが、何らかの原因によって巧く回らなくなり、崩れたり壊れたりしていく……というような事態をいささかも指し示すものではないことは、冒頭の一文で明確化されている。

 その生誕の瞬間から崩壊前夜に自分を位置づけていた映画は、たえず崩壊前夜を生きているという自覚の深まりとしてみずからの歴史を刻む。

 「一八九五年に誕生した瞬間から、映画はすでに充分すぎるほど映画だった」と断定する蓮實重彦の映画批評は、したがって、映画の「性急」さに立ち向かう言説として組織される。

 本書に収録されているのは、一部をのぞいて二〇〇一年以降に書かれた時評風の文章である。新作や映画祭で上映された作品に関する批評が中心だが、後半には親交の深かった映画作家(ダニエル・シュミット、エドワード・ヤン、相米慎二……)への感動的な追悼文も収められている。

 映画における物語や主題といったものだけに思考を奪われることなく、ひたすら画面を見つめることで得られる「鈍い感動」や「深い驚き」や「茫然自失」が、黒沢清やクリント・イーストウッド、エリア・スレイマンらの作品論において具体的に言及されているのを読むのは、やはり楽しい。
 また、海外のメディアや海外プレス向けに書かれた加藤泰、神代辰巳に関するテクストは、彼らの作品はもちろん戦後の日本映画史を理解するうえでも、きわめて啓発的である。
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by syunpo | 2008-08-08 18:44 | 映画 | Comments(0)
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