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ブックラバー宣言

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脱作家主義のアプローチ〜『日本映画と戦後の神話』

●四方田犬彦著『日本映画と戦後の神話』/岩波書店/2007年12月発行

b0072887_1910026.jpg 著者の言葉をそのまま拝借すれば、本書は『クリティック』『回避と拘泥』につづく「現代の神話と映像をめぐる書物」の第三弾ということになる。
 一九八四年に刊行された『クリティック』は、私が四方田犬彦の名を脳裏に刻みつけることになった印象深い本だが、冒頭からソシュールやロラン・バルトが華麗に引用され、記号学的な方法が導入されるなど、当時の批評状況を色濃く反映するものでもあった。一九九四年に出された『回避と拘泥』では、李香蘭をはじめ東アジアの映画に関して現在まで継続している著者の主要テーマのいくつかにすでに言及されていて、四方田の愛読者としては今あらためて読み返してみても興味深い内容である。

 さて、本書は著者が二〇〇〇年以降に執筆した映画論・映像論のなかで、もっぱら日本の敗戦や在日朝鮮人の問題に焦点をあてつつ映像と神話の関係について考察した文章を収めたものだ。

 本書の一つの特徴として、山田洋次の『男はつらいよ』や東宝の『ゴジラ』シリーズ、韓流ブームの先鞭をつけたテレビドラマ『冬のソナタ』など、これまで批評家・研究家が真剣に論じることの少なかった作品について真摯な分析を加えている点を挙げることができる。
 いずれも読み応え充分で、とりわけ『ゴジラ』シリーズに関して黒澤明を意識しながら論じ、「来たるべき日本映画史は、本多の怪獣演出と黒澤のシェイクスピア解釈とを同じ地平のうえに乗せて論じるところから、執筆されなければならない」と締めくくる〈ゴジラとその後裔〉は、単なる映画感想家ではない映画史研究者としての発想の柔軟さを感じさせる論考といえるだろう。
 また〈再考 山口百恵〉なる一文では、二〇〇五年に開催された山口百恵に関するシンポジウムの様子が報告されている。中国における百恵神話の影響といった問題が彼の地のアカデミズムの場で研究対象になっていることを知り、たいへん面白く読んだ。

 日本の文学史にあってひときわ神話的な存在となっている三島由紀夫についても彼と映画との関わりについて論じられていて、韓国で『憂国』を上映した際の多様な反応を紹介している点など著者ならではの記述といえよう。

 このほか〈天皇裕仁の肖像〉と題されたソクーロフの『太陽』論は、日本の「天皇神話」解体の観点から作品構成を精細に論じて卓見、高嶺剛のフィルムを世界的コンテクストに位置づけて記した〈高嶺剛と沖縄〉なども短いエッセイながら示唆に富んでいる。
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by syunpo | 2008-10-21 19:18 | 映画 | Comments(0)
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