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無数の細部に目を向ける〜『映画論講義』

●蓮實重彦著『映画論講義』/東京大学出版会/2008年9月発行

無数の細部に目を向ける〜『映画論講義』_b0072887_9442871.jpg この本を読むと、いやこの本に限らず蓮實重彦を読むときまってかつて私が観たと思いこんでいた映画の大半を実のところ観てはいなかったのだ、と思い知らされることになる。ルノワールにおける枯れ木、溝口における船、小津における女性のタオルやマフラー、オフュルスにおける白い柵、ベッケルにおける「平手打ち」……などなど、彼らのフィルモグラフィを貫いて描かれている、それらの「小道具」や「身振り」の細部にわたって蓮實は緻密な考察を加え、それがいかに映画の魅力を感受するに際して重要なものであるか、これでもかこれでもかと指摘していくのだ。
 蓮實はいう。

 実際、専門家といわれている人々の学術的な著作に目を通してみても、視覚的な細部への著者の鈍感さが伝わってくるばかりで、スクリーンにまぎれもなく映っているものを無視した抽象論が驚くほど多い。映画を論じながら、見えてはいないものについて語ることに誰もが熱心なのです。(p105)

 なるほど、そうだなぁ、と自戒を込めつつ思う。人はしばしば『太陽』を観たとたんに天皇制について喋りだし、『明日の記憶』に感動したといっては日本の介護のあり方について議論が始まり、『アース』の上映後には「地球温暖化への言及が希薄である」と文字どおりスクリーンには「見えてはいな」かったことに対して不満を表明する人があらわれる。そこでは映画は誰かのメッセージが託された媒介物にすぎず、それ自体として独立した生命を与えられてはいないかのようである。

 映画を観よう。スクリーンに映し出されているものをまずは虚心に観ることから始めよう。蓮實重彦は四百数十ページにわたる本書をとおして、ひたすら、そう語り続けるのである。
by syunpo | 2008-10-31 09:46 | 映画 | Comments(0)
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