●蓮實重彦著『映画論講義』/東京大学出版会/2008年9月発行
この本を読むと、いやこの本に限らず蓮實重彦を読むときまってかつて私が観たと思いこんでいた映画の大半を実のところ観てはいなかったのだ、と思い知らされることになる。ルノワールにおける枯れ木、溝口における船、小津における女性のタオルやマフラー、オフュルスにおける白い柵、ベッケルにおける「平手打ち」……などなど、彼らのフィルモグラフィを貫いて描かれている、それらの「小道具」や「身振り」の細部にわたって蓮實は緻密な考察を加え、それがいかに映画の魅力を感受するに際して重要なものであるか、これでもかこれでもかと指摘していくのだ。 蓮實はいう。 実際、専門家といわれている人々の学術的な著作に目を通してみても、視覚的な細部への著者の鈍感さが伝わってくるばかりで、スクリーンにまぎれもなく映っているものを無視した抽象論が驚くほど多い。映画を論じながら、見えてはいないものについて語ることに誰もが熱心なのです。(p105) なるほど、そうだなぁ、と自戒を込めつつ思う。人はしばしば『太陽』を観たとたんに天皇制について喋りだし、『明日の記憶』に感動したといっては日本の介護のあり方について議論が始まり、『アース』の上映後には「地球温暖化への言及が希薄である」と文字どおりスクリーンには「見えてはいな」かったことに対して不満を表明する人があらわれる。そこでは映画は誰かのメッセージが託された媒介物にすぎず、それ自体として独立した生命を与えられてはいないかのようである。 映画を観よう。スクリーンに映し出されているものをまずは虚心に観ることから始めよう。蓮實重彦は四百数十ページにわたる本書をとおして、ひたすら、そう語り続けるのである。
by syunpo
| 2008-10-31 09:46
| 映画
|
Comments(0)
|
検索
記事ランキング
以前の記事
カテゴリ
全体 思想・哲学 政治 経済 社会全般 社会学 国際関係論 国際法 憲法・司法 犯罪学 教育 文化人類学・民俗学 文化地理学 人糞地理学 地域学・都市論(国内) 地域学・都市論(海外) 先史考古学 歴史 宗教 文化全般 文学(小説・批評) 文学(詩・詩論) 文学(夏目漱石) 文学(翻訳) 言語学・辞書学 書評 デザイン全般 映画 音楽 美術 写真 漫画 絵本 古典芸能 建築 図書館 メディア論 農業・食糧問題 環境問題 実験社会科学 科学全般 科学史 生物学 科学哲学 脳科学 医療 公衆衛生学 心理・精神医学 生命倫理学 グリーフケア 人生相談 ノンフィクション ビジネス スポーツ 将棋 論語 料理・食文化 雑誌 展覧会図録 クロスオーバー 最新のコメント
タグ
立憲主義
クラシック音楽
フェミニズム
永続敗戦
ポピュリズム
日米密約
道徳
印象派
マルチチュード
テロリズム
アナキズム
想像の共同体
古墳
イソノミア
社会的共通資本
蒐集
闘技民主主義
厳罰化
規制緩和
AI
ブログジャンル
|
ファン申請 |
||