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ブックラバー宣言

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2018年 04月 09日 ( 1 )

国民を監視する公権力を監視する必要性〜『スノーデン 日本への警告』

●エドワード・スノーデン、青木理、井桁大介、金昌浩、ベン・ワイズナー、マリコ・ヒロセ、宮下紘著『スノーデン 日本への警告』/集英社/2017年4月発行

b0072887_21191948.jpg アメリカ中央情報局(CIA)、アメリカ国家安全保障局(NSA)などの元情報局員だったエドワード・スノーデン。二〇一三年に米国政府が無差別監視をしている実態をリークし、世界を震え上がらせたことは未だ記憶に新しい。その後はロシアに滞在し、二〇一四年には米国のNPO「報道の自由基金」理事に就任した。

 本書は二〇一六年にスノーデンの来日にあわせ東京大学で行なわれた公益社団法人自由人権協会七〇周年プレシンポジウムでの議論をベースに、詳細な注釈と追加取材を付して書籍化したものである。

 スノーデンの発言にとくに新味は感じられないものの、民主主義の理念を強調する姿勢には大いに賛同できる。「……法律に反しても政府の関係者であれば免責されるということになれば、自由社会にとって回復できない打撃になるでしょう」との発言はなるほど今の日本にふさわしい警句といえよう。

 それ以外のパネラーの発言にも少なからず学ぶべき点があった。とりわけ複数のパネラーがメディアの重要性を力説している点は凡庸といえば凡庸かもしれないが、スノーデン・リークがジャーナリストの協力なくしてはありえなかったこを考えればやはり重みを感じさせる忠言といえる。

 米国で行なわれていた監視は、主に軍事的な組織を対象とする従来型のターゲット・サーベイランスに加え、網羅的なマス・サーベイランスであることがわかっている。海外の政治家たちの通信を盗聴していたことも暴露された。通信情報技術の進歩が昔に比べ低コストで簡単にそうした監視を行なうことを可能ならしめたのだ。とはいえ、そうした行為が基本的人権だけでなく他の国家主権とも真正面から衝突するものであることはいうまでもない。

 本書を読んで一番に痛感したことは、国家権力による監視に対して先進国のなかでは日本が最も抵抗力が弱いのではないか、しかもそのことについて国民的な危機感がきわめて希薄ではないか、ということである。

 米国ではスノーデン・リークを契機に、司法が働き、いくつかの点で改善がすすんだという。当時のオバマ大統領は当初はスノーデンに対して批判的な言明を発したものの、その後は発言内容に変化がみられたことは注目に値する。

 オバマ政権下で独立委員会(PCLOB)が発足し、マス・サーベイランス・プログラムの検証を行ない、プログラムは違法であって終わらせるべきだという結論を出した。さらに、十年近くにわたり全米国民と世界中の通信情報を法的手続きを経ずに収集しながら、ひとつのテロをも防止できなかったことも報告している。

 EUでは、包括的なマス・サーベイランスを可能にするデータ保持についての指針を撤回した。すなわち米国との間で情報の移転を認めるために結んだセーフハーバー協定が基本的人権を侵害すると判断し、無効化を宣言したのである。

 ひるがえって日本の対応は遅れていると言わざるをえない。日本でも米国政府による盗聴が行なわれていたことが明らかになったが、抗議は例によって形だけのものだった。また、日本国内においても公権力が国民を監視することに対する監視の制度が形骸化し、それを求める国民の声も弱いものである。

 これに関して、青木理は一例として公安委員会制度の充実化を提案しているのは現実的な提案かもしれない。ただし議論が深められる前に別の話題に移ってしまったのは残念。

 さらにいえば、日本では民間企業や大学が公権力の監視行動に対して安易に協力しているのも問題。青木によれば、警視庁第三課によるムスリム監視に関して、都内の複数の大学が自分の学校に留学にきているムスリムのデータを提供したことが明らかになっている。

 日本における警察性善説にたった治安維持・捜査当局に対する無批判な協力ぶりは、それ自体が一つの議論のテーマとなるべきものではないだろうか。国家権力が国民を監視するにはハイテクノロジーの進展が多大な貢献を果たしていることは本書でもたびたび言及されているが、日本社会では技術以前の問題が大きく横たわっているように思われる。
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by syunpo | 2018-04-09 21:23 | 政治 | Comments(0)