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ブックラバー宣言

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カテゴリ:美術( 24 )

世界の多様性に向けて〜『「美しい」ってなんだろう?』

●森村泰昌著『「美しい」ってなんだろう?』/理論社/2007年3月発行

b0072887_11594560.jpg 「美術」とは、美の術、美しさの術、ということである。「アート」とカタカナで言い慣わしてしまうと、そのことに思いをはせる契機を逸してしまいかねない。
 森村は「美術家」を名乗っている。だから「美」について、衒うことなく、ごく自然な口調で語り続ける。数学者が「数」の不思議を語るように。

 森村のいう「美」はかなり広汎な射程をもっている。たとえば自然への畏怖や現実の厳しさに向けられるまなざしをもまた「美」の範疇に括られる。美術とは豊かなる多義性をうちに含みこんだ営みなのである。

 美術の世界に近づくためには、通常、三つの道があると考えられている。「見る」「作る」「知る」である。森村はそこに「なる」を加えた。自分がゴッホになる。ベラスケスの描いた王女になる。マリリン・モンローになる。
 ゴッホの絵になる(ゴッホの自画像に描かれたゴッホに扮する)ために、釘つきの粘土製帽子をかぶったのだが、そのことによってゴッホの痛々しくも悲しい気持ちをいくぶんか感じ取ることができたとユーモアまじりに述懐して、自身の創作スタイルを解説しているくだりはちょっと面白い。

 また、モンドリアンの抽象画をカルティエ=ブレッソンの写真と並べてその構造を分析し、「レントゲン写真」に喩えながら、とかく難解とされる抽象画への一つのアプローチを提示しているのも印象に残った。

 本書は理論社が中学生以上の読者向けに展開している「よりみちパン!セ」シリーズの一冊ということで、コアターゲットの中学・高校生を意識した平易な記述からなっている。

 かつて映画界には、淀川長治という偉大なる宣伝マンがいた。美術の世界には、残念ながら彼に相当する存在が見当たらない。新聞の文化欄に掲載される展覧会評を読んでも、カタログをひき写したようなおざなりの文章やら美術愛好者のブログに毛の生えたレベルの退屈なレビューやらが幅をきかせている。今日の美術批評・美術ジャーナリズムの不毛はいかんともしがたい。そのような状況ゆえに、もともと批評的な作品を世に問うてきたクリエイター自身が美術界の広報宣伝係まで買ってでた、という感じの本である。
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by syunpo | 2008-11-08 12:07 | 美術 | Comments(0)

人気画家の入門書として〜『フェルメール全点踏破の旅』

●朽木ゆり子著『フェルメール全点踏破の旅』/集英社/2006年9月発行

b0072887_10311761.jpg これはフェルメールの現存する作品をすべて見て歩こうと試みた記録である。著者はニューヨーク在住のジャーナリスト。写真をふんだんに使ったゴージャスなつくりの新書だ。

 フェルメールの絵の解釈については、もっぱらアーサー・K・ウィーロック・ジュニアやウォルター・リドケ、小林頼子らの研究に依拠した入門書的な記述になっているが、著者自身の感想をのべたくだりは全般的に冴えない。二十一世紀の現代人がフェルメールを観ることの悦びが私には今一つ伝わってこなかった。どうせならもう少し表現力・想像力のある書き手で実現してほしかった企画。
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by syunpo | 2008-11-03 10:44 | 美術 | Comments(0)

永遠の芸術家〜『君はピカソを知っているか』

●布施英利著『君はピカソを知っているか』/筑摩書房/2006年12月発行

b0072887_16344898.jpg 筑摩書房が若年層を対象にして二年前にスタートさせた「ちくまプリマー新書」のなかの一冊。天才画家ピカソの入門書ともいうべき本だ。著者の布施英利は「美術解剖学」を専攻する大学の助教授であり批評家でもある。

 全体は、三部に分かれている。「人物編」では、ピカソの生涯がザッと振り返られる。「歴史編」では、ピカソ以前の絵画史がピカソとの関連において概括される。「美術編」では、ピカソと交流のあった七人の女性のエピソードとその肖像画が紹介されている。
 ピカソの多面的な業績を新書一冊に要領良くまとめるのは、至難であろう。
 そこで、「美術編」のような思い切った切り口をからめて、若者たちに、より身近なピカソ像を提供せんと試みた。

 私自身は、布施英利の本を手にしたのは今回が初めてである。著者のプロフィールに記されていた「美術解剖学」なるものに引っ掛かって読み始めたのだが、その神髄が奈辺にあるかは、本書からはあまり読み取ることはできなかった。
 ただ、入門書としてはよく書けている部類ではないかと思う。
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by syunpo | 2007-03-07 18:51 | 美術 | Comments(0)

既成の美術史を粉砕する〜『絵画の準備を!』

●松浦寿夫、岡崎幹二郎著『絵画の準備を!』/朝日出版社/2005年12月発行

b0072887_1524175.jpg とかく美術や音楽の批評というものは、図式化された通史と手垢にまみれた言葉によって、互いに頷き合って作品を了解した気になる、という紋切り型に収まる場合が多いわけだが、本書では、そのような怠惰な言葉が決して発せられることはない。
 参照される知見は、ゴダールの映画から、カントやニーチェの思想家、フロイトの精神分析、はては本居宣長や荻生徂徠の江戸期の学者まで、実に幅広い。
 
 本書の主張を結論的に言ってしまえば、「絵を描こうと思ったら白い画布に虚心に対面しさえすればいい——この通念がイデオロギー的虚構にすぎないこと(中略)、この対談集で語られるのは煎じ詰めればそのことだけ」という浅田彰の要約に尽きるのだろう。

 ただし、二人の対談に付き合うためには、上述したごとく、それなりの学識と覚悟がいる。岡崎幹二郎の以下のような発言はどうだろう。

 たとえばピカソのように、絵画というテクネの自動運転にまかせてしまったとき起こるだろう多産性を自覚してしまったとき、それを支えているマトリクスのメタファーとして女性器が出てくるのかもしれないね (p210)

 これ、正直、私には全然わかりません。ほかにもわからない箇所は、いくつもあります(笑)。本書を本当にエンジョイできる読者は、高度な知性と教養の持ち主といえるでしょう。
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by syunpo | 2006-04-07 15:25 | 美術 | Comments(0)