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カテゴリ:医療( 2 )

研究者として、組織のリーダーとして〜『走り続ける力』

●山中伸弥著『走り続ける力』/毎日新聞出版/2018年7月発行

b0072887_18561821.jpg iPS細胞の研究でノーベル賞を受賞した山中伸弥の研究内容をはじめ、研究に対する姿勢や人となりがよくわかる本。本人が毎日新聞に連載した文章、江崎玲於奈や井山裕太との対談、山中の研究に関心をもってフォローし続けてきた毎日新聞編集委員の永山悦子の文章・インタビューなどバラエティ豊かな構成。

 山中は現在、京都大学iPS細胞研究所の所長を務めている。所員五百人を擁する大所帯だ。当然ながら組織のリーダーとしての器量や指導力も問われる立場でもある。その点に関する心構えや考え方にも紙幅が多く費やされており、その意味では一種のリーダー論としても読めるかもしれない。

 ラグビー元日本代表監督の故平尾誠二との交友もその文脈においていっそう意義深いものとなる。彼から人を叱る時の注意事項を伝授されたらしい。「プレーは叱っても人格は責めない」「後で必ずフォローする」「他人と比較しない」「長時間叱らない」といった内容だったという。山中は「ありがたい言葉だった」と振り返っている。

 ただし、正直な感想をいえば全体としては諸手を挙げて人に勧めたくなるような本ではない。

 山中に研究以外の雑務を強いるような文教政策への批判は少なくないのに、その点の問題提起が弱いのが特に気になった。
 山中が先頭に立って寄付金集めに注力するなど、研究所の運営スタイルは米国のグラッドストーン研究所仕込みというのだが、米国流のやり方をそのまま導入することには議論の余地があるだろう。山中自身は所与の条件を受け入れて政治への注文を自粛しているとしても、編集に新聞記者が関与している本書の形式ならば、そこは当事者に代わって記者が論及すべきではなかったか。

 山中の前向きなチャレンジ精神を前面に押し出すことで、そういうシンプルな本が好きな読者はなるほど勇気づけられるかもしれない。しかし山中個人のポジティブな姿勢を強調しすぎることで日本の自然科学研究の現場に横たわる問題を後景に退かせてしまったのは残念。

 ついでにいえば編集も今一つ。永山の文章と永山が山中に行なったインタビューの内容が重複していて、しかも最初に永山の文章が出てくるために、せっかくの山中の言葉のインパクトが薄められてしまっている。永山の本書への関与のしかたがいかにもちぐはぐな感じがする。そんなこんなで新聞社系出版社が出した本にしては皮相的な印象が拭えず物足りなさが残った。

by syunpo | 2019-05-06 08:20 | 医療 | Trackback | Comments(0)

医療崩壊を防ぐために知る〜『医療の限界』

●小松秀樹著『医療の限界』/新潮社/2007年6月発行

b0072887_20122460.jpg マスメディアによる一方的な病院・医師バッシングや刑事司法による医療への介入が隆盛をみる昨今、医療現場からの肉声に触れることは大いに意義のあることだろう。本書の著者は虎ノ門病院泌尿器科部長。過酷な勤務と過大な責任、加えて、患者からの攻撃に意欲を失い、多くの医師、看護師が病院勤務を離れつつある現象を「立ち去り型サボタージュ」と呼び、崩壊に向かう医療現場の状況を社会に広く知らせようとする医師である。

 本書の前半では、医療問題そのものというより、もっぱら医療現場から提起された検察・司法制度改革論といった趣の強い記述がなされている。後半では、医療崩壊を食い止めるための具体的な施策提言やみずから勤務する病院の試みについて詳述される。
 現在の医療現場が抱える問題が具体的に明らかにされ、それに対する政策提言や取組みが紹介されている点など、医療問題を考える上でたいへん有益な本である。

 小松は、医療とは元来不確実なものであり、万全を尽くしてもなお予測できない結果が生じることは不可避であることを力説する。患者の過剰な期待や要求が、時に刺々しい紛争を生みだし、司法の無理な介入が医師たちの士気を低下させている、という。
 そのうえで、医療提供者の過失を証明することなしに、患者側と医療提供者を争わせずに、避けられた傷害について、補償という形で被害者を救済するスウェーデンの制度を紹介している点などは興味深く読んだ。

 ただ、必要以上に、メディアや司法、患者に対して断定的な決めつけや挑発的な言葉遣いが散見されるのには、少々違和感を拭えなかった。世間からの一方的な医師バッシングについては、医師に同情的な声は今や少なくないのだから、ここはもう少し冷静な議論を期待したいものだ。

 また、小松はなかなかの教養人らしく、医療制度の改革や、その基礎となる社会の成り立ちについて述べるにあたって、中西輝正やハイエク、オルテガなど社会科学の知見を数多く引用している。それにしても、米国の産業医療の解説をするのにわざわざトクヴィルを引用して、大雑把にピューリタニズムから資本主義への隆盛を説くくだりなどは、正直、辟易させられた。
 医療の問題が、「思想」の問題と大いに関係のあることは理解するものの、本書の趣旨からすれば、現場からの具象的な問題提起に徹した方がより説得力を増したような気がする。
by syunpo | 2007-09-24 20:16 | 医療 | Trackback | Comments(0)