ブログトップ

ブックラバー宣言

syunpo.exblog.jp

カテゴリ:政治( 118 )

現代日本の最大のリスク〜『アベノミクスによろしく』

●明石順平著『アベノミクスによろしく』/集英社インターナショナル/2017年10月発行

b0072887_18222743.jpg アベノミクスは大失敗に終わっている。現代日本の最大のリスクはアベノミクス。本書のメッセージは実に明快だ。

 アベノミクスの三本の矢とは「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」である。本書ではとくに第一の矢である金融緩和政策を中心に論じている。大胆な金融政策とは「日銀が民間銀行にたくさんお金を供給してデフレを脱却する」というものだ。

 その結果はどうであったか。一口でいえば金融緩和は円安を引き起こし、それが増税との合わせ技で物価を急上昇させ、消費を異常に冷え込ませた。アベノミクス以降の実質GDPの成長率は、三年かけても2%にすら届かず、民主党政権時代の約三分の一しか伸ばせなかった。

 さらに重大な問題がある。二〇一六年に内閣府はGDPの算出方法を変更し、それに伴い、一九九四年以降のGDPをすべて改定して公表した。この「改定」がどうにもいかがわしいというのだ。

 改定の理由は「2008SNA対応によるもの」と「その他」となっている。GDPの算出について準拠する国際基準が「1993SNA」から「2008SNA」というものに変更された。以前の基準との違いは、研究開発費などが加わることである。問題は「その他」のかさ上げ額がアベノミクス以降だけが桁違いに突出している点だ。この改定によって、アベノミクス失敗を象徴する五つの現象のうち四つが消失し、二〇一六年度の名目GDPは史上最高額を記録したことになった。

 明石は、以上の事実から「『2008SNA対応』を隠れ蓑にして、それと全然関係ない『その他』の部分でかさ上げ額を調整し、歴史の書き換えに等しい改定がされた疑いがある」と述べている。

 とはいうものの、部分的にはアベノミクスの成果を指摘する経済学者は少なからずいる。安倍政権に批判的な論客もそのなかに含まれる。たとえばよく言われるのは雇用改善である。

 しかし、それは生産年齢人口の減少、医療・福祉分野の大幅な需要拡大、雇用構造の変化によるもので、民主党政権時代から続いていた傾向だ。

 また正規雇用者の増加についてはどうか。正規社員の男女別比率をみると、女性の正規社員が増えていることがわかる。これは労働契約法の改正が影響している。非正規でも五年を超えて雇った場合は、その社員から申込みがあれば、正社員として雇うことが義務づけられた。ちなみにその法改正が公布されたのは二〇一二年、民主党政権の時代である。アベノミクスとは関係ない。

 円安の恩恵を一番受けた製造業ですら実質賃金は大きく下落した。賃上げ2%を達成できたのは、全労働者のわずか5%程度。労働組合組織率の低いことも影響して、そもそも日本は賃金が上がりにくい構造になっている。

「多くの場合、アベノミクスの前から改善傾向が続いている数字について、アベノミクスの『成果』とされてしまっている」ことに明石は注意を促すのだ。同時に「アベノミクスのせいで悪化したと言われている数字についても、同様に鵜呑みにしてはいけない」ことを指摘しているのは公正な態度というべきだろう。

 増税や財政出動に関しては詳しく述べていないのだが、やや引っかかる記述も見受けられる。たとえば以下のような発言だ。

 ……長い目で見ると、借金が返せない状態にならないように、増税をして、いろんな支出を削らないといけない。だけど、それをやると選挙で負けちゃう。(p193)

 これを裏返せば、増税と緊縮財政については本書では推進する立場をとるということになる。増税はその中味が重要であるからこれだけでは何ともいえないが、法人税の引き上げではなく、消費増税を含むようなものであるならば批判は多いだろう。また緊縮財政に関しても、市場全体がさらに冷え込み、税収を減少させ、かえって国の借金を膨らませるという意見は少なくない。

 アベノミクスを全面否定するのは良いとしても、それに替わる経済政策が間違っていたなら元も子もない。アベノミクスを葬り去った後の経済政策については、さらなる議論が必要だろう。
[PR]
by syunpo | 2018-10-07 18:32 | 政治 | Comments(0)

歪んだ「政治主導」の矢面に立つとき〜『面従腹背』

●前川喜平著『面従腹背』/毎日新聞出版/2018年6月発行

b0072887_941299.jpg 表面は服従するように見せかけて、内心では反抗すること。──「面従腹背」の広辞苑における語釈である。前川喜平がマスコミに登場するようになってから、この言葉を盛んに口にするのを見聞して、当初は少し違和感をおぼえたものだ。

 日本の政治の問題点として、かつて「官僚内閣制」による弊害が盛んに強調されたことがあった。政治決定の実質を握っているのは官僚であって、政治家は彼らの手のひらで踊らされているだけだという認識を端的に表現した用語である。「官僚内閣制」に不満を感じる国民の多くは、民主党や自民党の唱える「政治主導」に大いに期待をかけた。その一つの結果として、今日のモリカケ問題や公文書改竄に象徴されるような安倍政権の暴走に歯止めが効かない状況がもたらされた。「政治主導」といえば聞こえは良いが、実態は独裁国家と変わらぬ縁故主義の蔓延である。

 安倍政権の実情が明らかになってくるにつれて、前川のいう「面従腹背」にも一理あると思えるようになってきた。実際、本書に記された前川の「面従腹背」的な行政の具体例には賛同できる点も多い。

 たとえば、道徳の教科化の問題。これはいうまでもなく「国家に立脚する教育改革の色彩を色濃く持つ」政策である。前川はもちろんそれに反対の立場であった。政治がそれを決めた以上それに従うほかないのだが、文科省は「道徳教育を学習者である子どもの主体性を重視する方向に転換する姿勢」を打ち出している。二〇一七年六月に公表した学習指導要領解説道徳編では「道徳科の授業では、特定の価値観を児童に押し付けたり、主体性を持たずに言われるままに行動するよう指導したりすることは、道徳教育が目指す方向の対極にあるもの」と言い切った。安倍政権がやろうとしている道徳教育の枠組みのなかで「考え、議論する道徳」のために様々な工夫をするよう促しているのである。

 また一般に審議会は民主的な政治決定を装うための形式的なものと考えられているが、前川によれば文科省における教育に関する審議会は「政治介入へのバッファー(緩衝材)」になっているという指摘も興味深い。中央教育審議会では、委員の学識や経験に基づく発言をかなり丁寧に拾い上げている。「政治主導で提起された政策課題についても、審議会で検討することによって軌道修正が図られることが多い」という。

 末尾には、毎日新聞の倉重篤郎と文科省の先輩・寺脇研との座談記録も収録されていて、こちらもなかなかおもしろい。とりわけ加計学園獣医学部認可をめぐる政権内部の確執を前川が解説している舞台裏の挿話では閣内が必ずしも一枚岩でなかったことが明らかにされている。
 当初、安倍首相が推進、獣医師会をバックにした麻生が反対、石破が慎重……と均衡していた。衆院福岡六区補選で獣医師会=麻生支持候補が安倍支持候補に惨敗して、流れが一気に安倍首サイドに傾いたらしい。

「面従腹背」は前川の現職時代の座右の銘だが、退官後のそれは「眼横鼻直」だという。鎌倉時代に宋から曹洞宗を伝えた道元禅師の言葉で、「眼は二つ横に並んでいる。鼻は縦についている」ことから、当たり前のこと、ありのままでいいということを意味する。

 官僚と国民から選ばれた政治家との関係はいかにあるべきか。近代民主政の根本に関わる古くて新しい重要課題だが、本書はそれを再考するための生きた教材となるものだろう。
[PR]
by syunpo | 2018-09-01 09:47 | 政治 | Comments(0)

民主主義の欠点を補完する制度!?〜『立憲君主制の現在』

●君塚直隆著『立憲君主制の現在 日本人は「象徴天皇」を維持できるか』/新潮社/2018年2月発行

b0072887_18482855.jpg 二一世紀の世界では「時代遅れ」とみなされることの多い君主制。それでも英国をはじめ北欧やベネルクス諸国では維持されている。君主制はかつての絶対君主制から立憲君主制に移行することによって今日まで生き延びてきた。本書ではその歴史を検証する。その作業は日本の象徴天皇制を再考するうえで多くの示唆を与えてくれるものであると著者はいう。

 英国の君主制は日本の象徴天皇制のモデルとなった。憲法学者の高柳賢三は、戦後の日本国憲法で天皇を「象徴」と表現する際に、GHQの高官たちが念頭に置いたのが、「英国王は英コモンウェルズの成員の自由な結合の象徴」であると規定した、一九三一年の「ウェストミンスタ憲章」の前文であったと指摘している。

 英国における立憲君主制は時代や状況に柔軟に対応し、その時々の国民の要求にも応えてきた。そのことで国民の支持を得てきたといえる。その意味では日本の天皇制の始まりから今日まで、つねに良きモデルとなってきたものといえるだろう。

 本書では、英国のほか、デンマーク・スウェーデン・ノルウェーの北欧諸国、オランダ・ベルギー・ルクセンブルクのベネルクス三国、さらにはタイやブルネイ、中東諸国における君主制の歴史を概観している。憲法学者のカール・レーヴェンシュタインや思想家のウォルター・バジョットらの著作を参照した考察は、欧州の君主制理解をベースにしたものといえるだろう。

 北欧では、質実剛健な君主たちが歴史を彩ってきた。女性参政権や多党制の実現など「最先端をいく君主制」を確立してきた歴史からは日本にとっても学ぶ点が多いかもしれない。

 ベネルクス三国では、さまざまな歴史的背景もあって政党政治の調整役として君主が実質的な役割を果たしている。そして注目すべきは「生前退位」が慣例化していることだ。

 アジアに残る君主制は、欧州のそれに比べるとかなり見劣りする。とりわけ中東の湾岸諸国における君主制は「王朝君主制」と呼ばれる寡頭政で、石油輸出による潤沢な予算があってこそ成立するもの。政体としてはかなり危ういものと感じる。

 海外の君主制を振り返った後に、日本の象徴天皇制が検討に付される。戦後七〇年以上に及ぶ象徴天皇制は「国事行為」「公的行為」「私的行為」を三本柱として「国民生活に安定をもたらしてきた」と総括しているのだが、もっぱら天皇制のポジティブな面にのみ光をあてた記述には違和感も残る。
「日本が、太平洋戦争の敗戦という未曾有の困難を乗り越えて、立憲君主制の下で安定した繁栄を遂げてこられたのは、昭和天皇の『カリスマ性』に拠るところが大きかった」というのは本当だろうか。

 たとえば、憲法施行直後、昭和天皇は米国に沖縄を基地として使用するようメッセージを発したことはよく知られている。そのメッセージ内容もひどいものであるうえに、明らかに「国事行為」の矩をこえた政治行為である。沖縄の半永久的な軍事基地化の決定的な契機になったともいえるわけで、そうした史実をまったく無視して、天皇の「カリスマ性」を強調し君主制日本の「安定した繁栄」を寿ぐのはいくらなんでも研究者としては偏向した態度ではないか。

 ことほどさように、全体をとおして君主制に対する著者のシンパシーが前面に出た記述で、君主制擁護の演説ならともかくも、政治学の書物としてはいささかバランスを欠いているとの読後感を拭えなかった。
[PR]
by syunpo | 2018-08-22 18:55 | 政治 | Comments(0)

社会民主主義で政治の回復を〜『嘘に支配される日本』

●中野晃一、福島みずほ著『嘘に支配される日本』/岩波書店/2018年7月発行

b0072887_18323067.jpg 政治学者の中野晃一と社民党参議院議員・福島みずほの対談集。
 一連の公文書改竄や国会での虚偽答弁で日本の政治は嘘で塗り固められた惨憺たる様相を呈している。その割には安倍政権の支持率は思ったほど落ちない。長期腐敗政権によるやりたい放題の悪政が堂々とまかり通っている摩訶不思議な時勢である。

 安倍政権がやっているのは政治ではなく支配だと中野はいう。政治を回復するためにはどうすればよいのだろうか。

 キーワードは社会民主主義。日本の社会民主党が掲げる社民主義の理念とは、公式サイトによれば「平和・自由・平等・共生」の四つが中心となる。ただし他の主要政党でもこれらの理念を否定するところはないだろう。

 本書ではそれらに加えて、次のようなフレーズでも社民主義をアピールしている。すなわち「社会民主主義にはフェミニズムが入っている」「みんなが安心して望めば子どもを生み育て、安心して働き続け、安心して年を取ることができる社会」「構造的な抑圧を社会、政治、経済、から取り除いていくことが社会民主主義の目標」「公平な税制の実現と労働法制の規制強化が大切」……。

 率直にいって一般的なスローガンが断片的に提示されているだけという印象が拭い難い。ついでにいえば、「政治」ならぬ「支配」を受け入れているのがほかならぬ国民ということも忘れてはいけないだろう。

 というわけで二人の主張にとくに異論はないのだが、積極的に人に薦めたくなるような内容でもない。そのなかでは、中野が政治における説得の論法として、カント主義的に絶対的な価値に訴える方法と、功利主義的な打ち出し方を指摘している点は印象に残った。その観点から、社民主義の目玉政策をさらに具体的に打ち出していたなら、もっとインパクトは増したかもしれない。
[PR]
by syunpo | 2018-08-17 18:35 | 政治 | Comments(0)

二つの現場から政府の虚偽を暴いた記録〜『日報隠蔽』

●布施祐仁、三浦英之著『日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか』/集英社/2018年2月発行

b0072887_18175436.jpg 二〇一一年、南スーダンにPKO(国連平和維持活動)の一環として自衛隊の派遣が始まった。二〇一六年七月、現地で激しい戦闘が起こっている様子がインターネット上で伝えられる。自衛隊の国外派遣には様々な前提条件が課せられているが、その条件が崩れているのではないか。そのような声が沸き起こったのは当然だろう。

 フリージャーナリストの布施祐仁は防衛省に対して情報開示請求を開始する。開示された文書には、はっきりと「戦争」を感じさせる記述があった。異常を感じた布施は、さらに戦闘発生以降、現地の派遣部隊とそれを指揮する日本の中央即応集団司令部との間でやり取りしたすべての文書について開示請求した。二〇一六年七月のことである。
 しかし二カ月後に開示された文書はごくわずかなもので、およそ現地の状況を詳しく把握できるようなものではなかった。この時点で、防衛省・自衛隊内部で文書の隠蔽が始まっていたのだ──。

 本書は、南スーダンにおける自衛隊の活動に関して国内で粘り強く取材を続けてきた布施と朝日新聞アフリカ特派員として現地を何度も見てきた三浦英之のコラボレーションによる記録である。

 三浦の現地取材に基づく報告を読むと、かなり生々しい戦闘が自衛隊駐屯地の周囲でも発生していたことがわかる。政府軍と反政府軍の対立は激しく、一時は自衛隊宿営地に隣接するビルが反政府軍に占拠されることもあったらしい。反政府軍のリーダーであるマシャール副大統領へのインタビューも複数回行なっていて、その具体的な描写もなかなかスリリングである。
 混乱の只中にあった南スーダンでは、政府軍が「正義の味方」というわけでもなく、彼らによる暴行や略奪の証言がいくつも出てくる。政府軍と国連PKO部隊が交戦することもあった。まぎれもなくそこは戦地だったのだ。

 自衛隊はそのような状況のなかで毎日、駐屯地での状況を記録していた。「日報」である。布施は日報の存在を知ると、当然ながらその開示請求も行なった。だが、日報はまったく開示されなかった。

「本件開示請求に係る行政文書について存否を確認した結果、既に廃棄しており、保有していなかったことから、文書不存在につき不開示としました」というのが不開示の理由である。

 二〇一六年一一月には、安倍内閣は南スーダンの自衛隊PKOに「駆け付け警護」「宿営地の共同防護」などの新任務を付与した部隊のを派遣した。同年に施行された安保法制によって可能になった新たな任務をさっそく南スーダンのPKO部隊に与えたのである。
 現地の治安が悪化したとなれば、新任務どころか自衛隊の撤退も検討しなければならないはずなのだが、政府はむしろそれに逆行するかのように自衛隊に新たな役割を負わせて「実績」を作ろうと考えたらしい。現地の実態を生々しく記録した日報がオープンになれば、政府の目論見を実現することは困難になるだろう。日報を隠蔽する動機は政府側にあきらかに存在した。

 国会では現地の状況を糊塗すべく、稲田美防衛大臣は日本独自の定義を用いて現地の状況は「武力紛争」にはあたらない旨の答弁を繰り返し行なっていた。日報は廃棄されたとの説明も維持していた。

 しかし、布施が入手した文書の内容と日報廃棄という説明にはどうしても矛盾が生じる。安倍首相の国会答弁も「日報を廃棄したことを是とするのか非とするのか」という野党の質問にきちんと答えることはできていなかった。

 あるものをないというようなごまかしをいつまでも続けることはやはりできなかった。防衛省は、まず職員の一人が個人的に保存していたという説明で日報の存在を認め、その後、その説明は二転三転して、結局は組織として日報を保存していたことを認めざるをえなくなったのである。

 日報の存在が明らかになると、当初の隠蔽工作がどのレベルの指示で行なわれたのかが問題となる。が、事実は有耶無耶のまま、最終的には稲田防衛大臣、黒江防衛事務次官、岡部陸幕長の辞任ということで一応の結末をみるに至る。この間、大臣と防衛庁・自衛隊との間でさまざまな思惑が働いて、自衛隊側から情報のリークがいくつか行なわれた。当然、文民統制の観点から疑義の残る振る舞いであるが、布施は一連の隠蔽工作を次のように総括している。

 陸自内部からと思われる情報流出が続いたのはシビリアンコントロールの観点から問題ではあったが、今回の事件は、制服組が暴走したというよりシビリアン(文民)である背広組が官邸を守ろうとするが余り迷走したというのが本質だと思う。(p257)

 また、三浦は南スーダンと原発問題の共通点に触れて「PKO派遣にしても原発にしても、すべては極めて高度な政治的判断で進められているのに、政府は国民が判断するのに必要な情報をこれまでずっとひた隠しにしてきたという共通項があります」と指摘する。

 本書は、東京と南スーダンを映画のカットバックのように編む込んだ構成で、事実を複層的に浮かび上がらせた労作である。今後、南スーダンにおける自衛隊のPKO活動を検証する際の必読書になることは間違いない。
[PR]
by syunpo | 2018-06-15 18:36 | 政治 | Comments(0)

永続敗戦のその先へ〜『国体論』

●白井聡著『国体論 菊と星条旗』/集英社/2018年4月発行

b0072887_20333024.jpg 明治維新から現代に至るまでの日本近代史を「国体の歴史」としてとらえる。本書のコンセプトは明快である。戦前の国体は、万世一系の天皇を頂点に戴いた「君臣相睦み合う家族国家」として規定しうる。戦後のそれは、対米従属を旨とする国家体制とみなすことができるのではないか。一九四五年の敗戦に伴ってもたらされた社会改革によって「国体」は表面的には廃絶されたにもかかわらず、実は再編されたかたちで生き残った──というのが白井の見立てである。

 もともと戦前戦中に使われた「国体」にしても曖昧模糊とした概念であり、人によってその指し示す内容は微妙に異なるだろう。とはいえ白井の認識に従えば「いずれの時代にあっても『国体』が国民の政治的主体化を阻害する」ものとして捉えうることは重要である。

 だとすれば、これからの日本社会が正常な政治的主体として生きていくためには「国体護持の政治神学」を徹底的に解体するほかないだろう。そのためには国体の構造を可視化し、その実態を見極めることから始めるしかない。ゆえに本書の記述の大半はその作業に費やされる。その際、戦後の国体のありようは戦前戦中の国体からアナロジカルに描出されていくところにとりわけ白井の才気が発揮されているように思われる。天皇が日本人にとっての「憧れの中心」だった時代から「アメリカン・ウェイ・オブ・ライフ」が「憧れの中心」となった戦後社会へ、というワケである。

 日本がポツダム宣言を受諾するにあたって「国体護持」が最優先課題とされたことはよく知られている。その交渉に際しては、当然ながら「国体」なる概念の客観化が迫られた。公式的な定義は「天皇ノ国家統治ノ大権」とされた。

 当然ながら、戦後は新憲法によって主権者が変更されたのだから、国体は変更されたと考えるのが一般的であった。それに対して長尾龍一は国家統治の権限はGHQに隷属する以上、主権の所在をめぐる国体護持論争は不条理な論争との認識を示した。いうまでもなく白井の考察もそれに即したものである。ただし「本当の主権の所在」は公然と論じられることはなかった。GHQの占領時代が終了しても事情は本質的に変わらなかった。白井のいう永続敗戦レジームを支えているのは、そのような欺瞞的な態度である。

 いずれにせよ、天皇制を維持することは米国側が早い段階から決めていたことである。象徴天皇制とはとりもなおさず「大枠としての対米従属構造の一部を成すものとして設計されたものだった」。

 ところで日本人が対米従属構造を受け入れるにあたっては、ひとつの物語が必要だった。それは「天皇を理解し敬意を持ったアメリカ」という観念である。白井はその観念にこそ、日本の対米従属の特殊性の原点を見出す。

 対米従属国家は無数に存在するが、「アメリカは我国を愛してくれているから従属するのだ(だからこれは別に従属ではない)」などという観念を抱きながら従属している国・国民など、ただのひとつもあるまい。(p127~128)

 戦後の国体は具体的には日米安全保障条約とそれに付随する日米地位協定によって固定化された。その文脈で重要なのは砂川事件判決である。一審では「日米安全保障条約は憲法違反である」との判断がくだされる。伊達判決といわれるものである。しかし最高裁は伊達判決を完全に否定し、統治行為論をもって「違憲かどうかを司法が判断することはできない」と主張した。注目すべきは、この判決が出される過程で米国側が最高裁長官にも圧力をかけたという事実である。
 これにより日本の法秩序は、長谷川正安のいう日本国憲法と安保法体系の「二つの法体系」が存在するものとなり、後者が前者に優越する構造が確定されたのである。

 かくして、ポツダム宣言受諾から占領、サンフランシスコ講和条約、日米安保条約を通じて、主権の放棄と引き換えに、国体護持が得られたのである。もっとも、日本人の主観において国体が護持されたにすぎないのだが。

 いうまでもないことだが、東西冷戦が終結した現代では対米従属レジームはその歴史的意義を失った。本来ならば日本がそうした構造に執着する理由はないはずである。しかし安倍政権はむしろ愚直にもその強化に務めている。存在根拠を失ってなお生き延びるところに「国体」の「国体」たる所以があると白井は説く。

 二〇一六年八月の今上天皇の「お言葉」は、本書にあってはそのような戦後の国体の崩壊過程における危機という文脈で解釈される。端的にいって、それは「天皇による天皇制批判」として読むことも可能だという。

「象徴」による国民統合作用が繰り返し言及されたことによって、われわれは自問せざるを得なくなったのである。すなわち、アメリカを事実上の天皇と仰ぐ国体において、日本人は霊的一体性を本当に保つことができるのか、という問いをである。(p338)

 ただ、そのような解釈は天皇の言動に政治性を読み込むことであり、ある種の霊的権威を認めることでもあるだろう。白井はそのことを否定しない。「かかる解釈をあえて公表する最大の動機は、今上天皇の今回の決断に対する人間としての共感と敬意である」とさえいう。

 天皇の「お言葉」がもつ潜在性・可能性を現実態に転化することができるのは、民衆の力だけである。「民主主義とは、その力の発動に与えられた名前である」という結びの言葉は簡潔だが、本書の読者には、それ以上の処方的な提題はむしろ蛇足というべきかもしれない。

『永続敗戦論』から『国体論』へ──。日本政治に関する白井の考察は本書によって新たなステージに入ったといえる。むろん「国体」概念をもって近代日本を串刺しにする見方は必ずしも白井の創見というわけではない。「天皇にとって安保体制こそが戦後の『国体』として位置づけられたはずなのである」との認識を示したのは豊下楢彦だった。また戦後の文化全般における米国のプレゼンスの強さについては、吉見俊哉の著作が参照されている。それにしても、戦後死語化したと考えられてきた国体なる用語をもって日本近代の奇態を照らし出した本書の意義はいくら強調してもしすぎることはないだろう。
[PR]
by syunpo | 2018-05-30 20:55 | 政治 | Comments(0)

国民を監視する公権力を監視する必要性〜『スノーデン 日本への警告』

●エドワード・スノーデン、青木理、井桁大介、金昌浩、ベン・ワイズナー、マリコ・ヒロセ、宮下紘著『スノーデン 日本への警告』/集英社/2017年4月発行

b0072887_21191948.jpg アメリカ中央情報局(CIA)、アメリカ国家安全保障局(NSA)などの元情報局員だったエドワード・スノーデン。二〇一三年に米国政府が無差別監視をしている実態をリークし、世界を震え上がらせたことは未だ記憶に新しい。その後はロシアに滞在し、二〇一四年には米国のNPO「報道の自由基金」理事に就任した。

 本書は二〇一六年にスノーデンの来日にあわせ東京大学で行なわれた公益社団法人自由人権協会七〇周年プレシンポジウムでの議論をベースに、詳細な注釈と追加取材を付して書籍化したものである。

 スノーデンの発言にとくに新味は感じられないものの、民主主義の理念を強調する姿勢には大いに賛同できる。「……法律に反しても政府の関係者であれば免責されるということになれば、自由社会にとって回復できない打撃になるでしょう」との発言はなるほど今の日本にふさわしい警句といえよう。

 それ以外のパネラーの発言にも少なからず学ぶべき点があった。とりわけ複数のパネラーがメディアの重要性を力説している点は凡庸といえば凡庸かもしれないが、スノーデン・リークがジャーナリストの協力なくしてはありえなかったこを考えればやはり重みを感じさせる忠言といえる。

 米国で行なわれていた監視は、主に軍事的な組織を対象とする従来型のターゲット・サーベイランスに加え、網羅的なマス・サーベイランスであることがわかっている。海外の政治家たちの通信を盗聴していたことも暴露された。通信情報技術の進歩が昔に比べ低コストで簡単にそうした監視を行なうことを可能ならしめたのだ。とはいえ、そうした行為が基本的人権だけでなく他の国家主権とも真正面から衝突するものであることはいうまでもない。

 本書を読んで一番に痛感したことは、国家権力による監視に対して先進国のなかでは日本が最も抵抗力が弱いのではないか、しかもそのことについて国民的な危機感がきわめて希薄ではないか、ということである。

 米国ではスノーデン・リークを契機に、司法が働き、いくつかの点で改善がすすんだという。当時のオバマ大統領は当初はスノーデンに対して批判的な言明を発したものの、その後は発言内容に変化がみられたことは注目に値する。

 オバマ政権下で独立委員会(PCLOB)が発足し、マス・サーベイランス・プログラムの検証を行ない、プログラムは違法であって終わらせるべきだという結論を出した。さらに、十年近くにわたり全米国民と世界中の通信情報を法的手続きを経ずに収集しながら、ひとつのテロをも防止できなかったことも報告している。

 EUでは、包括的なマス・サーベイランスを可能にするデータ保持についての指針を撤回した。すなわち米国との間で情報の移転を認めるために結んだセーフハーバー協定が基本的人権を侵害すると判断し、無効化を宣言したのである。

 ひるがえって日本の対応は遅れていると言わざるをえない。日本でも米国政府による盗聴が行なわれていたことが明らかになったが、抗議は例によって形だけのものだった。また、日本国内においても公権力が国民を監視することに対する監視の制度が形骸化し、それを求める国民の声も弱いものである。

 これに関して、青木理は一例として公安委員会制度の充実化を提案しているのは現実的な提案かもしれない。ただし議論が深められる前に別の話題に移ってしまったのは残念。

 さらにいえば、日本では民間企業や大学が公権力の監視行動に対して安易に協力しているのも問題。青木によれば、警視庁第三課によるムスリム監視に関して、都内の複数の大学が自分の学校に留学にきているムスリムのデータを提供したことが明らかになっている。

 日本における警察性善説にたった治安維持・捜査当局に対する無批判な協力ぶりは、それ自体が一つの議論のテーマとなるべきものではないだろうか。国家権力が国民を監視するにはハイテクノロジーの進展が多大な貢献を果たしていることは本書でもたびたび言及されているが、日本社会では技術以前の問題が大きく横たわっているように思われる。
[PR]
by syunpo | 2018-04-09 21:23 | 政治 | Comments(0)

近代国家における立法の重要性〜『日本一やさしい「政治の教科書」できました。』

●木村草太、津田大介、加藤玲奈、向井地美音、茂木忍著『日本一やさしい「政治の教科書」できました。』/朝日新聞出版/2017年7月発行

b0072887_12531137.jpg 憲法学者の木村草太とジャーナリストの津田大介がAKB48の三人を相手に政治の授業をするという趣向の本。標題どおり初学者向けの入門書で、それ以上でもそれ以下でもない内容だが、ただ一点、木村の授業できわめて含蓄に富むくだりがあるように私には感じられた。以下、変則的ながらその点に絞って記してみたい。

 私が興味深く感じたのは三権分立を解説した箇所である。
「行政」「司法」「立法」の三権は昔から並び立っていわたけではない。このうち最も遅れて概念化されたのは「立法」である。木村の既刊書『テレビが伝えない憲法の話』でも力説していることだが、本書でもかなりの紙幅を割いて噛み砕いた説明をしている。

 行政と司法の二つは、人間の生活に欠かせないものなので昔からあった。古代ローマ帝国も漢や秦など古代中国の国家もこの二つの機能を備えていた。これに対して立法は比較的最近出てきた考え方なのだ。

 では、昔は必要なかったのに、なぜ近代国家では立法の機能が必要になったのか。このように問題提起して次の授業でその解答を提示していく。

 昔は「公平性を守る」ためには、優れた人が王様や裁判官などの権力者になればよいという考え方が支配的だった。ところが近代になって「どんな人が権力者になろうとも、公平なルールが実現するようにと、法律に基いて権力を行使しようという発想になった」のである。

 つまり建前上は誰もが権力者になる可能性のある時代になったからこそ「立法」という機能が必要になったと考えられる。立法が遅れて概念化された権力であることは、政治社会の近代化と大いに関連しているわけだ。近代民主主義には欠かせない〈国民主権〉や〈法の支配〉を実現するために必要になった国家作用。木村はそこまで踏み込んだ解説をしているわけではないけれど、日本国憲法では立法府こそが「国権の最高機関」と規定されていることは何度でも思い返す必要があると思う。

 今日、日本では行政府の暴走が目立ち、国会は以前にもまして形骸化したといわれる。それはすなわち民主主義の形骸化と言っても過言ではない。私たち国民は裁判官や官僚を選ぶことはできないが、国会議員については直接選挙で選ぶことができる。近代になって「立法」という概念が発明されたことの意味を私たちはよく噛みしめる必要があるのではないだろうか。本書を読んであらためてそのようなことに思いを致した次第である。
[PR]
by syunpo | 2018-03-31 12:53 | 政治 | Comments(0)

「理性の政治/政治の理性」を重視しよう〜『なぜ政治はわかりにくいのか』

●西田亮介著『なぜ政治はわかりにくいのか 社会と民主主義をとらえなおす』/春秋社/2018年1月発行

b0072887_1924489.jpg なぜ政治はわかりにくいのか。本書は一見素朴なそのような疑問から出発する。なぜ政治はわかりにくいのか。西田亮介はその問いに対して二つの次元から答えを導き出そうとする。

 ①政治そのものに起因する問題②政治の外部に起因する問題──という仕分けである。

 ①に関しては、第一に、昭和から平成時代にかけて政治と社会それぞれが大きく変化したことが大きい。また、戦後の期間を通して「保守」「リベラル」などの現実政治を分析する概念装置の使われ方が反転し、従来から論争的であった概念装置そのものの自明性がますます不透明なものになったことも政治のわかりにくさの一つの要因になっているのではないか。西田はそのように指摘する。

 ②については、政治の外部すなわちメディア、教育と政治との関係が考察の対象となる。

 まず政治とメディアとの関係はどうだろうか。インターネットが普及する一方で、伝統的マスメディアにおいて重要な役割を果たしていた新聞が存在感を失いつつある。また政治家の側がメディアを通した情報発信の手法を改善し、生活者によい印象を与えるべく資源を投入した始めた。そこでは虚実ないまぜの情報が飛び交う。西田は現代の政治とメディアの関係を「慣れ親しみ」の関係から「対立・コントロール」の関係へと変化する移行期にあると見る。移行期における混乱が、私たちに政治をわかりにくくしている一つの原因とみるのである。

 ネットで得た情報の真偽をネットで調べてみたところで、それが本当に信頼できるかどうかはよくわからない。個人のメディア・リテラシーを期待しても、現実的にはむずかしいという。ではどうすればよいのか。

 西田は「暫定的な解」をやはりジャーナリズムに求める。「権力監視がジャーナリズムの本業であり存在理由だからです」。
 新旧のメディアが浸透しあって相互に影響する状態を維持しながら、権力監視の機能を強化して政治を少しでも国民に近づけていくしかないということだろう。

 さらにもう一つ義務教育を中心とした政治教育が十分に機能していないことも「政治のわかりにくさ」に関係している。義務教育の現場では、政治的中立性が強く意識される一方で、政治に対する批判的視線や権力監視について学べているとはいえない。学習してきた理論から大きく離れた事態を目にして、いきなり「投票してください」と言われても困るというわけだ。今後は真の意味での主権者教育の充実化が望まれる。

 私たちの情に訴えるアプローチはすでにあふれかえっている。人間の認知には限界があるとしても「それでもなお」理性の政治/政治の理性を重視すべきだという本書の結語は平凡といえば平凡だが、ここで奇を衒った処方を叫ぶような学者の方こそ信用できない気がする。

 同じ宮台真司門下の堀内進之介は『感情で釣られる人々』のなかで「理性的過ぎることが問題になるほど人類が理性的であったことは一度もない。理性それ自体への批判は重要だが、それは、いまだ十分に理性的でないことへの批判であるべきではないだろうか」と述べている。
「理性の政治/政治の理性」が未だ不充分ならば、その充実化を目指すほかない。
[PR]
by syunpo | 2018-03-06 19:28 | 政治 | Comments(0)

英国にみる「政府の失敗」とその改革〜『議院内閣制』

●高安健将著『議院内閣制──変貌する英国モデル』/中央公論新社/2018年1月発行

b0072887_2211576.jpg 日本の統治機構が英国の議院内閣制をモデルとしてきたことはよく知られている。また一九九〇年代に行なわれた政治改革ももっぱら英国に範を求めたものだった。

 では実際に英国の議院内閣制は日本が見習うべき模範的なものとして機能してきたのだろうか。当然といえば当然だが、万能的な政治システムなどこの世には存在しない。制度が宿命的に孕みもつ欠陥もあった。簡潔にいえば「英国の議院内閣制のもとでは、総選挙での敗北や議会による不信任決議が、政権の全面否定を意味し、きわめて強力なコントロールとなる一方で、個々の政策判断についてのコントロールの術は不足していた」という。

 そうした制度のもとで政治が一定の成果を得るためにはそれなりの条件があったということだ。二大政党制が機能して政党間競争が行われ、それを受けた政治エリートたちが自己抑制することによって初めて政策のパフォーマンスも向上するというわけである。

 逆にいえば、二大政党制が空洞化し政治エリートへの信頼が低下した場合には、強すぎる政府をコントロールすることが喫緊の課題となる。実際、英国ではそうした国民の不満を背景にして、近年、国家構造改革が進められてきた。

 その改革の具体的な中身として、特別委員会などの議会改革、スコットランドやウェールズへの権限委譲改革、法典化改革、司法改革などが挙げられている。

 一連の国家構造改革は、英国の議院内閣制が拠って立ってきた、政治エリートに対する信頼を基礎とした多数代表的で集権的なシステムとは異なる論理を内包している。それは、政治不信を前提に、一般の法律とは異なる上位の法をもち、権力を分散させ、透明性と手続きの明確化を志向する改革となっている。(p249)

 本書では以上のような改革を(多数支配的デモクラシーと対比させて)マディソン主義的デモクラシーと表現して、一定の評価を与えている。

 日本では、九〇年代の政治改革においては集権化を伴ういくつもの改革が行なわれた。そうした「政治改革」の結果、政権交代も一時的に実現したが、民主党政権が倒れた後は、やはり内閣や政権与党の強権化が過大になり批判を浴びるようになった。その意味では国家構造改革に着手する前の英国と共通する問題に直面している。

 日本の統治機構は、もちろん英国の議院内閣制とは異なる。大きな違いは同じように二院制を採ってはいても、日本の場合は内閣を作りだす機能を直接に有しない参議院もまた選挙によって議員を選出している点だ。さらには日本国憲法に基づく立憲主義、司法、地方分権なども想起されよう。英国とは違い「日本は、制度的に権力分立制をもともと憲法に組み込んでいた」といえる。むろん、それを活かすも殺すも「適切な政党間競争」や「政権交代の可能性」次第といえるのだが。

 いずれにせよ、英国がすすめてきた一連の国家構造改革をコピーせよというわけではないし、すべきでもない。「モデル探しをするのでも、真似るのでもなく、自省の材料を求めること」と著者は冒頭に述べている。まさにそのような作業に向けたものとして本書の考察は意義深いものといえるだろう。
[PR]
by syunpo | 2018-02-17 22:18 | 政治 | Comments(0)