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ブックラバー宣言

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国民を構成する原理の多様性〜『国家とアイデンティティを問う』

●C・ダグラス・ラミス、姜尚中、萱野稔人著『国家とアイデンティティを問う』/岩波書店/2009年12月発行

b0072887_1024535.jpg 岩波ブックレットのなかの一冊で、津田塾大学で行なわれた「二一世紀の国家とアイデンティティ」と題する特別対談をまとめたもの。政治学者のC・ダグラス・ラミスと姜尚中がメインのパネラーとして招かれ、萱野稔人が進行役という形をとっている。

 いささか漠然とした標題だが、内容的には国家と国民との関係、そこから必然的に導き出される「国民とは誰のことか」「ナショナリズムの多義性をどう捉えるべきか」「国民のアイデンティティはいかに形成されていくのか」などといった問題について言及されている。

 姜尚中にそうしたテーマで喋らせれば、およそ発言内容は察しがつくというものだが、彼の「国籍は韓国籍でも日本籍でもどちらでもいい」という発言に絡んで、ラミスが安易にコスモポリタニズムを志向することが、かつて植民地政策をとった国家の国民性の責任から逃避することにつながるケースのあることを指摘するくだりがちょっと面白い。

 一回の発言時間が長いため、対論による相互刺戟によって話者が次第に活気づいていく——というようなディスカッションの醍醐味を感じさせる場面はほとんどないけれど、必ずしもかみ合っているとは言い難い二人の発言を手際よく要約しながら関連づけていく萱野の交通整理の巧みさには、全盛期の浅田彰を想起させられた。
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by syunpo | 2009-12-29 19:47 | 思想・哲学 | Trackback | Comments(0)

脱クルマ社会への道標〜『道路整備事業の大罪』

●服部圭郎著『道路整備事業の大罪』/洋泉社/2009年8月発行

b0072887_116431.jpg 道路を整備すれば、その地域の経済は活性化する。道路を整備すれば、住民の行動圏は拡大し消費の選択肢は増える。道路を整備すれば、地方は豊かになる。……一見もっともらしく聞こえるそうした発想がいかに根拠の乏しい短絡的なものであるか。都市・地方計画を専攻する研究者が冷静に分析したのが本書である。

 今日では、道路の整備が地元にマイナスに働くような現象は珍しいことではなくなった。
 その典型的な事例が「ストロー効果」と呼ばれるものだ。道路の開通によって消費者の便益性が高まるのは事実だが、その結果、広域商圏との競争にさらされ、競争力の弱い地域が競争力の強い地域に市場を吸い取られてしまう、というものである。
 交通の便が良くなったために日帰りの観光客が増加して宿泊客が減り、ホテル・旅館業者が苦戦する、という事象もみられる。また道路が整備されることで郊外に開発される大型ショッピングセンターが消費者を吸収してしまい、昔からの中心市街地の商店街が衰退する、というのもよく聞かれる話だ。

 新たに道路をつくることによって渋滞を解消するという謳い文句もアテにはならない。交通混雑を減らそうと道路を整備すればするほど新たな交通が誘発されて、結局、渋滞は解消しない場合が多いのだ。これは「誘発交通」と呼ばれる現象である。

 著者はこうした事例を含めて道路がもたらす弊害を八つ指摘している。
 「自動車への過度の依存体質がもたらす移動の不自由」「商店の喪失などの生活環境の悪化」「コミュニティの空間的分断と崩壊」「子どもの遊び空間の喪失」「自動車優先型の都市構造がもたらす非効率性」「失われる風土と地域アイデンティティ」「観光拠点だった場所が通過地点になることで生じる観光業の衰退」「家計への負担の増大」。

 なかでも面白いと思ったのは、道路を単純な経済合理性だけで吟味するににとどまらず、道路の社会性や公共空間としての性格を重視して地域の活性化を捉えている点だ。たとえば、道路とは子どもたちの遊びの空間でもあり、人々があてもなく散策したり雑談を交わしたりするスペースでもある。自動車の通行を最優先した高規格の道路整備では道路のそのような要素は損なわれる。

 いうまでもないことだが、著者は道路整備事業を頭から否定しているわけではない。歴史的にみれば、道路は多くの便益を地方にもたらした。とりわけ高度経済成長期には、道路整備が地域のカンフル剤として機能する場合は多かっただろう。
 しかし、社会・経済が成熟期に入った今、道路整備事業にかつてのような効果を安直に期待することはできない。むしろデメリットの方が目立つようになってきた。これから地方の活性化や地域の振興を勘案する際には「道路が地方を豊かにする」という従来からの発想を金科玉条にするのはそろそろやめた方が良いのではないか。それが服部の主張するところである。

 本書では、自動車優先型の都市づくりの失敗例としてロスアンジェルスやブラジリアなどの例を挙げ、逆に道路整備を斥けて歩行者優先の都市づくり・村おこしに成功した事例として、コペンハーゲンのストロイエや静岡県三島市などの実例を紹介している。
 海外の研究に幅広い目配りを示しつつ具体的な事例によって著者の主張が展開されているので、新書にふさわしい親しみやすさと説得力をそなえた本だといえる。

 著者は終章において本書の記述は「学術的に見れば試論の域を出ないレベル」と述べているけれど、道路整備事業のあり方、さらにはこれからの国づくりを考えるにあたって、本書は良き道標となりうるものだ。
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by syunpo | 2009-12-26 11:19 | 政治 | Trackback | Comments(1)

競売人による新たな美術史〜『印象派はこうして世界を征服した』

●フィリップ・フック著『印象派はこうして世界を征服した』(中山ゆかり訳)/白水社/2009年7月発行

b0072887_19211569.jpg ドガ、ルノワール、モネ、ピサロ……フランスの十九世紀後半に始まった印象派は今日、美術作品の「ブランド」として押しも押されもせぬ地位を築いている。しかし、当初はまったく受け入れられなかったばかりか、画家たちにはしばしば「精神異常者」「無能者」「アナーキスト」などの罵詈雑言が浴びせられた。

 そんないかがわしい前衛芸術の一つにすぎなかった印象派絵画がいかなる経緯で世界的に認められるようになったのか?
 本書は、絵を観る人、買う人たちが印象派をどのように受け止めてきたのか、その受容のしかたがこの百数十年のあいだにどのように変遷してきたのかをあとづけたものである。著者はクリスティーズとサザビーズという二大オークション会社の競売人として経歴をつみ、画商としても活躍した英国人。

 フランス本国では強い反発をもって迎えられた印象派を先駆けて評価したのは米国でありドイツであった。米国には生来のフランス贔屓と若い国に特有のセンス、すなわち芸術的偏見が少ないという背景があった。また国の富が急激に増加している時期にあたり、巨額のアメリカン・マネーが印象派絵画の購入を可能ならしめた。ドイツにあっては、急進的で反帝国主義的な政治的心情が印象主義と結びついた。ナチスは印象派を認めなかったが、その経済的価値については充分に理解していた。

 第二次世界大戦の後、一九五〇年代になると美術市場は活況を呈するようになるが、なかでも印象派絵画の価格は劇的に上昇した。印象派以降に生まれたモダンアートのおかげで、印象派の「親しみやすさ」が相対的に浮かびあがってきたことに加え、古い時代の絵画とは違って真贋論争に巻き込まれるリスクが少ないというメリットのあったことも見逃せない。

 印象派絵画は富豪層のステータスシンボルとなり、その傾向は世界的規模に拡大する。芸術的嗜好のグローバリゼーションはオークション会社の台頭とともに加速した。それはまた米国の世界的な文化覇権の確立を背景としたものでもあっただろう。エリザベス・テイラーがオークションでモネの絵を落とし、ニューヨークの海運王がルノワールの作品を落札する……。
 こうして印象派の絵画を「多額の金銭と同一視する見方」は大衆の意識のなかにも根をおろすようになった。バブル期の日本ではもっぱら投機的な理由から印象派の絵画が購入され、しばしば外国から非難を浴びたが、その傾向はすでに六〇年代後半の欧米において芽吹いていたといえる。

 「二十世紀後半の社会では、芸術は新しい宗教である」(p212)というフィリップ・フックの記述は、文脈こそ異なるものの、アカデミズムの立場から書かれた松宮秀治の『芸術崇拝の思想』と奇しくも重なりあう。印象派はその主題が睡蓮やカフェなどきわめて日常的・庶民的なもので、聖書や信仰の世界から切り離されたものであったのに(それ故に当初は軽視された)、いつのまにか新たな〈宗教〉の中心に祭り上げられてしまったようだ。

 絵画市場という資本主義のただ中を生きてきたビジネスマンの手になる書だからといって侮ってはいけない。これは美術史に新たな視角を与えてくれる実に面白い本である。
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by syunpo | 2009-12-24 19:40 | 美術 | Trackback | Comments(0)

つながることは楽しい!?〜『世代間連帯』

●上野千鶴子、辻元清美著『世代間連帯』/岩波書店/2009年7月発行

b0072887_914299.jpg 今や日本では、社会的弱者が互いにいがみあうような状況が生み出されている。ロスジェネの男性が「負け犬」の女性を、行き場のない若者がホームレスを、孤立した青年が罪のない子どもたちを、派遣切りの男性が「誰でもよかった」無防備な人々への無差別な攻撃を加える負の連鎖。
 年金制度の場あたり的なパッチワークや後期高齢者医療制度に象徴的にあらわれているように、自公政権の政策はそのような世代間の分断を顕在化し助長するような性格をもっていた。メディアもまた世代間の対立を煽ってきた。

 本書は、そのような世代間対立に終止符を打たんとして、政治家と社会学者が一年間をかけて語りあった記録である。テーマは、仕事、住まい、育児、教育、医療、介護、年金、税金、経済……そして「社会連帯」。

 政治の失敗や市場の失敗、家族の失敗を補完するようなNPOなどの「市民事業体」の活動に希望を見出す二人の問題意識は従来どおりである。また地域共同体が解体したのは必然的だとして、かつてあったような共同体の復活を目論むことも斥けられる。それに代わるオルタナティブをつくるしかない、と上野はいう。

 やや意外に思ったのは、辻元がお約束どおり「あらゆる公教育の無償化」を主張するのに対し、上野が大学教育の無償化に反対を明言しているくだりだ。
 一八歳で大学に入学を許可されたすべての学生に無条件で学資ローンの資格を与える。授業料だけでなく(アルバイトをしなくて済むように)生活費込みの支給をする。四年間で一千万円くらいの債務を負うことになるが、それくらいの覚悟で大学に進学すべし。教育を親の子どもに対する投資から社会全体の投資へと置き換える際に狭義の「受益者負担」の原則を織り込む。それが上野の考え方である。
 そうなるとおのずと大学生と大学の淘汰が進み、カネになるかどうかわからない基礎的学問は衰退し、良くも悪しくも大学の職業訓練校化が加速することが予想されるけれど。

 辻元の発言は上野に比べるとやや理念先行型ながら随所に具体的なデータを示して勉強家ぶりを発揮しており、個々の主張に異論はありうるとしても、この種の対談本にありがちな大味な印象を受ける場面は少なかった。
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by syunpo | 2009-12-20 09:26 | 政治 | Trackback | Comments(0)

自主自立の古都を巡る〜『ボローニャ紀行』

●井上ひさし著『ボローニャ紀行』/文藝春秋/2008年3月発行

b0072887_20425913.jpg ボローニャ・ソース(ミートソース)発祥の地。ヨーロッパ最古の大学ボローニャ大学がある学術の都。第二次大戦中にはナチスドイツとファシストの連合勢力を相手に戦ったレジスタンスの拠点。伝統的な建築様式ポルティコ(柱廊)で知られる古都。フィルムの修復と保存の複合施設チネテカを擁する映画の街。そして何よりも「ボローニャ方式」と呼ばれる独自の都市再生策を成功させ世界的にも注目を集めている誇り高き自治都市。

 そんな多様な相貌をもつボローニャを井上ひさしが旅した。井上にとっては洗礼を施してくれたマリア・ヨゼフ神父が属していたドミニコ会の総本山サン・ドメニコ教会が建つ感慨深い聖地でもある。

 この街の成り立ちのなかでも最も印象深いことの一つは、古い建物を決して壊したりせず、外観をそのままに内部を補強・改修した後、別の用途にして建物を使い続ける、という精神が徹底していることである。
 日本とは建築素材が異なるので単純な比較論は慎まねばなるまいが、それにしても日本ではそのような発想が都市の再開発計画のなかに織り込まれることはほとんどない。怪しげな経済合理性に従って古くさい建物は簡単に新しい建造物にとって替わられるか、さもなくば歴史的に保存する価値があると踏まれれば、たちまち立入禁止の札がたてられて観光客の「拝観」の対象に祭り上げられてしまうことだろう。

 ボローニャは「歴史」や「伝統」が博物館に収められるのではなく、現在や未来に活かされてある。
 旧い家畜市場を老人と学生と幼児とが終日一緒にすごすことのできる施設に改造する。旧い証券取引所を座席数九百席の図書館に改造し、既存図書館と並存させる。女子修道院も女性図書館に改造し、さらにそこをヨーロッパの女性問題研究センターにする。旧い煙草工場を世界一の映像センターに仕立てあげる。

 そんな街づくりの基本は「中央政府は信用ならん、だから自分の街がしっかりと自立しなくてはならんだのよ」という地方自治の精神である。それは社会的共同組合という仕組みに端的にあらわれている。市民が何らかのアイデアをもった時、共同組合を組織して公的セクターや企業からの援助を受けながら、その実現をはかるのだ。

 本書では、そのようなボローニャの精神をそれぞれの立場で体現している人々の様子が活き活きとスケッチされているのだが、住民自治や地域コミュニティに対する井上の強い関心は最近になって示されたものではもちろんない。振り返れば、私の学生時代(一九八一年)に刊行された《吉里吉里人》は、東北地方のちっぽけな山村が独立を宣言してドタバタ劇を繰り広げるという長編であった。

 もっとも本書はボローニャの自治都市としての姿だけに焦点をあわせたものでないことはすでに述べたとおりである。
 これは「なんでもあり」の紀行文なのだ。都市文化論でもあり演劇論でもあり財政論でもあり地域経済論でもあり市民社会論でもあり社会福祉論でもあり労働論でもあり企業経営論でもあり宗教論でもありリサイクル論でもあり景観論でもあり、そして人間論でもあり……。
 井上自身は巻末でここに綴られた感想が「美しい誤解」である可能性を但し書きとして添えてもいるのだけれど、あらゆる良書がそうであるように、本書が読者の関心領域に沿った多様な読みに開かれた面白い本であることは間違いない。
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by syunpo | 2009-12-18 21:55 | 文学(小説・随筆) | Trackback | Comments(2)

社会の要請に応えるために〜『検察の正義』

●郷原信郎著『検察の正義』/筑摩書房/2009年9月発行

b0072887_19163859.jpg 西松建設事件では、大手マスコミの大半が検察の言い分を無批判に垂れ流し、未だに「検察の正義」とやらを信奉しているらしい立花隆ら検察御用達ライターがそれに程よく味付けをほどこすといった荒涼たる光景を呈していたなかで、郷原信郎は検察の言動を相対化する発言を繰り返して論客としての存在感を一躍高めた。
 本書は、最近の事件における検察の捜査を具体的に検証しながら、冒頭と後尾の章に著者個人の検察官時代の体験記を配して、これからの「検察の正義」のあり方を提起したものである。

 郷原の認識によれば、もともと刑事司法は社会の外縁部に発生する犯罪行為について社会からの逸脱者・異端者を排除する役割を果たしてきた。特捜検察は贈収賄や大型経済犯罪など社会の中心部に直接関わる事件の摘発を行なってきたという点で特殊な存在であったが、それでも民主政治や公正な経済活動を妨げる違法行為を処罰するという点で、検察の正義を自己完結的に判断していくことに大きな問題を生じることはなかった。

 しかし国会議員の活動の中心が「国会で質問したり、議決に加わったりするという本来の議員としての職務権限に基づくものから、関係省庁に働きかけたり口利きをしたりするという政治家としての活動、族議員としての活動中心に変わっていった。……そのため国会議員を贈収賄で立件することは容易ではなくなった。それに伴って、贈収賄を武器とする政界捜査という従来の特捜捜査は限界に近づいてきた」。
 それに加えて、社会が複雑化するに伴い、刑法犯などの伝統的犯罪だけでなく、独占禁止法や金融商品取引法などの経済活動に関するルール違反に関して制裁を科すことが必要になってきた。
 そうした環境の変化に対しては従来のような検察の組織内で完結した「検察の正義」中心の発想だけでは適切に対応できない、というのが郷原の認識である。

 そこで「検察の正義」が揺らいでいる昨今の具体的事例として、ライブドア事件、村上ファンド事件と西松建設事件が俎上にのせられる。
 さらに郷原は、特捜検察の「神話化」を強化した歴史的な事件として、造船疑獄事件とロッキード事件を取り上げている。前者は時の法務大臣による指揮権発動によって捜査が頓挫したと国民に受け取られ、以後、検察捜査は「絶対不可侵」なものと強く認識されるようになった。後者は「巨悪と対決する日本最強の捜査機関」というイメージを決定的なものにした。
 しかし、指揮権発動については、渡邊文幸や朝日新聞が当時の捜査関係者に対して行なった取材によって「検察が仕組んだ謀略」という説で決着をみているし、ロッキード事件での成功体験はその後長らく検察に「贈収賄の罪名」に固執させるという弊害を生んだ。いうまでもなく密室での犯罪である贈収賄による摘発のためには「自白」が不可欠になるのだが、それが昨今非難の的となっている「自白偏重主義」を蔓延させることにもつながった。

 検察の正義の再構築が求められているなかで、郷原は長崎地検時代にみずから手がけた自民党長崎県連事件の例を引いて一つの解答とする。その事案では捜査の対象者との間で対立軸を作らず、最終的には積極的に捜査協力してもらえる関係を築いたことなどが詳細に熱っぽく綴られている。

 このように内容を要約すると全体の構成としてはきれいにまとまっているようだが、どうもしっくりこない読後感が残るのはどうしてか。

 よくよく読めば、ライブドア事件はもともと軽微な違法行為を「劇場型捜査」のために市場を混乱に陥れたというものであり、また村上ファンド事件は証取法の第一五七条の包括条項を適用すべき事案だったのにインサイダー取引の禁止規定を適用したことの無理を述べたもので、ざっくりいえばいずれも捜査上の技術的な失敗を指摘したものである。西松事件の検証についても同様で、著者自身が「単純な特捜捜査の失敗事例」だと総括している。
 つまり、個々の事件の検証はそれぞれ説得力を感じさせるものだが、郷原が述べている歴史的な文脈にすんなり収まるような記述には必ずしもなっていない。
 また最終章における長崎地検の取り組みはそれなりに読ませるものの、いささか手前味噌的な内容で、本書の「まとめ」としてもやや筋違いという印象が否定できない。

 検察の権限行使を第三者がいかにチェックするか。その制度面での整備こそが多くの国民が関心を寄せている課題ではないか。その点では終章前で淡々と述べている見解の方こそ本書の総括にふさわしい内容だ。

 通常、不起訴処分という検察官の権限行使の消極面へのチェックは検察審査会が行なうことができる。二〇〇九年に施行された改正検察審査会法ではより監視機能が強化された。一方、不当な起訴という権限行使の積極面に対するチェックシステムはどうか。従来は裁判そのものがチェック機能を果たす、すなわち検察の起訴が不当なものであれば裁判所が無罪判決などを出して、そのなかで検察官の起訴の問題点を指摘すれば足りる、と考えられてきた。
 しかし現実には、強制捜査や起訴自体によって重大な社会的政治的影響を与える事例が多発している。そこで著者が持ち出すのは長らく封印されてきた法務大臣の指揮権発動である。もっとも政治家である法務大臣個人の判断に委ねることは独善に陥る危険があるということで、指揮権の行使について「何らかの民主的な意見の反映または専門的見地からの検証を行うシステムの構築」たとえば「高度の守秘義務を負う諮問機関」の設置を提案している。
 法相の指揮権発動については今なおアレルギー反応を示す者も少なくないので、当然こうした主張には異論も予想されるものの、検察OBによる一つの問題提起として興味深く読んだ。

 ただ、これからの「検察の正義」のあり方を占う上で極めて重要な「取調べの可視化」についてまったく言及していないのには少々ガッカリさせられた。また昨今の検察不信の大きな要因の一つにもなっている裏金問題についても完全スルー。やや皮肉っぽくいえば、検察の捜査や組織のあり方を根幹から見直すことになるような問題については周到に回避したように思われる。
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by syunpo | 2009-12-16 19:25 | 憲法・司法 | Trackback | Comments(0)

歴史を問い直す人類学的知〜『アフリカの声』

●川田順造著『アフリカの声』/青土社/2004年6月発行

b0072887_1918772.jpg レヴィ=ストロースの死去に際しては、親密な付き合いがあったということでメディアから引っ張りだこだった川田順造だが、彼自身はもっぱらアフリカを専門とする人類学者である。本書はシンポジウムや共同研究などの折りにまとめた論考やエッセイを編んだもので、川田のアフリカにおけるフィールドワークの概略を知るには最適の一冊かもしれない。

 川田が調査・考察の対象としてきたのは、黒人アフリカ、主に西アフリカ内陸サバンナ地帯に十五世紀中頃から十九世紀末まで王制社会を形成したモシ族の居住地域(現ブルキナファソの一部)とその周辺地帯である。

 黒人アフリカでは欧米列強による植民地支配以前、一部でアラビア文字が使われていたのを除けば文字が用いられていなかった。王宮や宗教建造物も、焼成していない日干煉瓦や練り土、木の枝などで作られていたため土に還り、遺跡として残存しているケースは少ない。歴史学者にとっては極めて研究材料に乏しいエリアだといえる。
 現在伝えられている歴史表象の様式としては、聴覚伝承(太鼓などの器音や口承によるメッセージの伝承)、視角伝承(ペニン王国の青銅の記念像など)、身体伝承(儀礼伝承)などがある。となれば、歴史を通観するうえでもやはり人類学的知見が必要になってくるだろう。

 ここには興味深い事象がいくつも紹介されていて、なかでも私が驚いたのは、モシ王国では人名の固有名詞が語法の形式上のカテゴリーとしては存在していないという事実だ。出生時の他称である幼名に加えて、成人時に自分自身が社会に向かって名乗りをあげる自称が成人名となるのだが、それは句の形をしているという。たとえば「石を煮ても湯気が出るだけだ」というようなフレーズが成人名として使われるのである。この場合、自分は頑固者であることをアピールしている。命名それじたいが、社会に向かっての自己主張であったり、対立者への自己顕示だったりするわけだ。

 権力者の系譜も当然ながら口承によって伝えられる。そのためモシ王国では絶対年代の感覚は極めて希薄であった。王の重要な祭儀では、王の系譜を楽師が太鼓言葉で表現し、それを最上位にある楽師(語り部)がある様式をもって声で朗誦する、といったことが行なわれる。

 こうした無文字社会ゆえに伝えられてきた歴史表象のレポートに加えて、さらに後半部の「〈歴史〉を問い直す」視点から執筆されたエッセイも標題どおり鋭い問題提起を含むものだ。
 とりわけ三百年にわたって行なわれたヨーロッパ、アフリカ、アメリカの三大陸を結ぶ三角貿易を概観した〈狩り出される黒い肌〉〈負の遺産にたたずむ〉などの文章には教えられるところ大であった。
 ヨーロッパ人が進出し始めたアメリカ大陸ではいくつかの理由から現地住民の奴隷化に失敗したために、アフリカからの奴隷が大きな労働力となった。英仏はアメリカで奴隷を売って仕入れた綿花や砂糖、タバコなどをヨーロッパに運んで工業化と資本蓄積を加速させた。アフリカでは奴隷貿易で富を得る王国も現れたが、全体としては荒廃が進んだ。

 啓蒙思想家が活躍し、フランス革命を成し遂げた十八世紀を、フランス人はよく「光明の世紀」と呼ぶが、視点をアフリカに移して考えれば、十八世紀はまさに「暗黒の世紀」であり、人類史のもっとも恥ずべき一ページだといわなければならない。(p194)

 ちなみに啓蒙思想家とされている人たちのなかで、奴隷制に反対を表明したのはディドロだけだったらしい。ヴォルテールなどはフランス大西洋岸の奴隷交易港ナントの商館に投資していたという。

 「アフリカの声」はまさに異文化との刺戟的な出会いをもたらすものであり、当然ながらみずからの足元を見つめ直す契機をはらんだものだ。そこに新たな「とき」と「歴史」を探索しようと試みた川田の書物はレヴィ=ストロースの翻訳だけでなくもっともっと読まれるべきではないかと思った。
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by syunpo | 2009-12-14 19:30 | 文化人類学・民俗学 | Trackback | Comments(0)