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ブックラバー宣言

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日本人ならではの知恵がこもる!?〜『愛と狂瀾のメリークリスマス』

●堀井憲一郎著『愛と狂瀾のメリークリスマス なぜ異教徒の祭典が日本化したのか』/講談社/2017年10月発行

b0072887_19315027.jpg クリスマスは今や日本の年中行事の一つとしてすっかり定着した。しかし一部には未だにこのイベントに対して懐疑的な態度をとり続ける大人たちがいる。キリスト教徒でもないのにワケもわからず大騒ぎしている、と。商売人の煽りに乗せられているだけというのもアンチ・クリスマスの常套句のひとつだろう。

 私はかねてからそのような「大人」の態度にこそ違和感をおぼえてきた。そんなことを言い出せば、日本の「伝統行事」の少なからぬものが同じような懐疑や揶揄の対象になりうるからだ。「伝統」と称されているもののなかに日本土着のものがどれほどあるというのか。外国文化の断片的皮相的な摂取というなら、何もクリスマスだけに限らない。クリスマスに対してことさらに違和感を表明することの方が不自然ではないのか。

 堀井憲一郎も私のそれとは文脈をやや異にするもののクリスマスへの違和感に対して違和感を抱いてきたらしい。というわけで、本書は日本におけるクリスマスの受容の歴史をたどるものである。前半は布教者の記録などの文献、明治以降はもっぱら朝日新聞の記事を丹念に読み込むという手法を採って日本のクリスマス受容史にアプローチする。

 クリスマスのありようは時代とともに変遷を遂げてきたが、どの時代を切り取っても当時の社会動向や政治思潮と強く連動していることを示していて興味深い記述がなされている。「日本のクリスマス受容の動きは、『西洋文化を取り入れつつも日本らしさを保とうとする努力の歴史』であり、日本人が世界を相手に生き抜く知恵だと見ることができる」という著者の結論的な認識にとくに異論はない。

 あくまで敬虔な信者だけの集まりだった安土桃山、江戸時代の真面目なクリスマス。「キリスト教の宗教的内容は取り入れない。ただ西洋列強の文化はキリスト教を基盤として成り立っているから、キリスト教も学ばないといけない。宗教部分を抜いた “文化としてのキリスト教” をうまく取り入れ」ようとして今日の年中行事化の土台をつくった明治期のクリスマス。戦勝気分がバカ騒ぎをもたらした日露戦争後のクリスマス……。

 大正天皇崩御の翌年のクリスマスをめぐって上杉慎吉と柳田國男が交わした意見交換などもなかなか興味深い。
「クリスマスは宗教行事なのだから、非信徒である日本人がその日を祝うのはおかしい、ただ子供の日だと考えるとよいのかもしれない」というのが上杉の意見。それに対して柳田は「あれは近年はやりだしてきた “冬の遊び” にすぎない、そもそもクリスマス自体がキリスト教とは関係のない “冬至の行事” である」と応えたのである。ただし天皇崩御の翌年くらいは自粛したらどうかという点で両者は意見の一致をみている。

 そして意外にも満州事変が勃発した昭和六年から三年間は「日本クリスマス史上もっとも狂瀾的に騒いでいた時期」だという。軍事国家化が外地で進むぶんには、国民はクリスマスの熱狂を自粛しようとは思わなかったのだ。そのことを「きちんと記憶しておくべきである」とは重要な指摘だろう。

 一九七〇年代以後は朝日新聞をフォローするだけでは不充分とみなして、女性雑誌の「アンアン」「ノンノ」や男性雑誌の「ポパイ」「ホットドッグ・プレス」などの引用もはじまる。著者自身が同時代的に体験した時代なので、記事に対するアイロニカルな筆致が前面に出てくる。メディア批評的な文章は、前半とはテイストの異なる読み味を醸し出す。

 もっとも文献資料に偏向やバイアスがあるのは当たり前の話。メディア批評の部分を強調されると、特定の記事のみをベースにした本書の記述全体の信憑性が揺らぐパラドックスに陥るわけで、そこにツッコを入れたくなる生真面目な読者ならば本書の評価は辛くなるだろう。

 ついでに記せば、キリスト教の布教に対する物言いが時に辛辣だったりするのはテーマにも沿った記述だから良しとしても、史実の見方が短絡的だったり、政治的な事象には冷笑的だったり……と枝葉の部分で余計な一言が出てくる箇所が少なからずあって、その点も少し鼻についた。

 そんなわけで、歴史や民俗の研究書的なつもりで手にとると、方法的な不備が批判の対象になりそうだが、コラムニストによる主観的な読み物の一つと割り切って付き合うぶんにはそれなりにたのしめる一冊といえるだろう。
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by syunpo | 2017-11-28 19:36 | 歴史 | Trackback | Comments(0)

戦争する国にしないための〜『18歳からわかる平和と安全保障のえらび方』

●梶原渉、城秀孝、布施祐仁、真嶋麻子編『18歳からわかる 平和と安全保障のえらび方』/大月書店/2016年1月発行

b0072887_19112982.jpg 武力によらない平和。それをいかに実現していくべきか。本書では、安倍政権が強行採決した戦争法の批判的検討から始め、安倍政権にいたるまでの戦後日本の平和と安全保障のあり方をあらためてふりかえる。そのうえで武力によらない平和構築に向けての構想を提示するという構成である。執筆者は若手の研究者や活動家たち。

 書名からも察せられるとおり入門的な内容で、とくに目新しい視座を提供してくれるものではないけれど、安全保障の問題を考えるうえで押さえておくべき論点はひとおおり解説されている。

 国連によって認定されていることが正当化の大きな根拠になっている集団的自衛権について「国連本来のビジョンとはかけ離れている」ことに論及しているのは真嶋麻子。「国連発足の際に『集団的自衛権』の文言が国連憲章草案に加えられることとなったのは、東西冷戦の始まりが予兆される時代の、連合国間の相互不信を背景としている」という。さらに二〇世紀後半の大国による中小国への軍事介入の多くが、集団的自衛権の行使を理由とした武力の発動だったという指摘も重要だろう。

 また、軍事組織が存在しないことになっている現憲法において「文民」なる用語が使われているのは以前から不思議に思っていたが、三宅裕一郎はその点に関して「芦田修正」をめぐる当時の状況を解説していて興味深く読んだ。極東委員会は「芦田修正によって『自衛』のための実力の保持が可能となり将来的に軍隊が創設されるかもしれない」と懸念し「帝国議会貴族院での審議の大詰めになって、内閣のメンバーは軍人ではない『文民』でなければならないとする文民条項(憲法66条2項)を挿入するよう強く求め」たのだという。

 日米安保条約や日米間の密約については、布施祐仁の論考が本質的な問題点にふれていると思われる。「日米安保条約に基づく在日米軍は日本防衛のために存在しているわけではなく『米国中心の世界秩序の維持存続』を目的とする軍事作戦のために存在している」ことが未だに広く認識されないのはおかしなことだと思う。

 沖縄に米軍基地が過度に集中するようになった背景には、日米両政府が日米安保体制を維持するために、本土では基地を削減し安保の「不可視化」を進めながら、沖縄にその負担を押しつけてきた歴史があるという現代史の基本認識は全国民的に共有しておきたいところだ。

 日米間の密約にはさまざまなものがあるが、裁判権放棄についても密約があることは恥ずかしながら本書で初めて知った。旧行政協定では、日本の当局が米軍関係者を逮捕してもすぐ米軍に引き渡さねばならなかった。現行の地位協定では公務外の犯罪については日本が第一次裁判権を有すると明記されている。しかし、一九五三年の日米合同委員会で「日本にとっていちじるしく重要と考えられる事例以外」について第一次裁判権を放棄すると日本の代表が表明し、これが非公開議事録として残されたのである。裁判権放棄密約はいまも有効だと考えられる。

「コンフリクトとは、平和紛争学において、人間社会を平和的手段によって転換するための恰好の契機」という奥本京子の論考も示唆に富む。人々の多様性を認め、平和で人権が守られる社会をつくるには、社会の深いところにあるコンフリクト(葛藤・対立・紛争)を顕在化させることだという指摘には納得させられた。対立が表面化することを悪しきことのように考えがちな日本の社会風土を変えていくことが必要ではないだろうか。

「平和と安全保障は、普段生活するなかではなかなか実感できない、縁遠いものかもしれません」と本書の冒頭に記されている。平和や安全が脅かされたときに初めて我々はその価値を実感するのだろう。まがりにも自由に考え行動できるうちに、発言すべきことを発言しやれることをやっておきたいものだ。
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by syunpo | 2017-11-25 19:15 | 国際関係論 | Trackback | Comments(0)

人類の営みと歴史を垣間見る〜『世界の美しい窓』

●五十嵐太郎+東北大学都市・建築理論研究室編著『世界の美しい窓』/エクスナレッジ/2017年10月発行

b0072887_194074.jpg 窓は建築の中でももっとも魅力的な部位かもしれない。冒頭でそのように言明する本書は、文字どおり世界の美しい窓を紹介するものである。編者の五十嵐太郎はその惹句につづけて窓に対する認識を次のように示している。

 ファサードを人間の顔に見立てるならば、まず窓は目になるだろう。すなわち、目が顔の印象をつくりだすように、窓は建築の表情を決定する大きな要素である。もちろん、目になぞらえるのは、窓から光を室内に採り入れるだけではなく、窓を通じて部屋にいる人間が外の風景を眺めるからだ。また空気を入れ換えることも窓に求められる機能である。エアコンなどの空調設備が現在ほど整っていない近代以前には、より一層重要な役割を果たしていた。とすれば、通風のための窓は鼻や口にも似ていよう。

 さまざまな機能をもつ窓がつくりだす豊かなデザイン。すべての項目にカラー写真を配しているので「古今東西の建築を旅するかのように」読者はページをめくっていくことになる。

 本書は二部構成である。「窓を外から見る」1章と「窓を内から見る」2章から成る。さらにそれぞれを「遠景」「中景」「近景」の三つにカテゴリー分けして、窓や建築に対するアプローチのしかたを変えていくのも編集の妙といえようか。

 ピックアップされているのは、歴史的な宗教的施設や観光名所的建築、古い街並みや建築家の私邸まで多岐にわたる。窓という一つの切り口だけで、世界の建築の多様性と同時に意外な共通性を知ることができるのは一つの驚きといっていいかもしれない。

 降り積もった火山灰が円錐状を成す岩を利用した〈カッパドキア〉。岩内部に洞窟状に広がる住居は階数の概念に乏しいため、窓やテラスの位置はバラバラになっているが、深く掘られたテラスは各戸のプライバシーを確保し、日射を遮る機能性をも有している。

 ル・コルビュジエの名作〈サヴォワ邸〉は、二階の端から端までつながる横長の窓が圧巻。水平連続窓と呼ばれるそれは、モダニズム運動を主導したル・コルビュジエが提唱した「近代建築の五原則」に含まれるアイデアという。

 イエメン〈サナア旧市街〉のカマリアの窓は歴史を感じさせて見る者の想像力を掻き立てる。インドの〈繊維業会館〉にみえる「陽光砕き」の意味をもつ「ブリーユ・ソレイユ」なる形式のファサードもおもしろい。

 アントニ・ガウディの〈カサ・バトリョ〉の曲線美は今さら賞賛するまでもないだろう。ヒンドゥー教や道教の影響を受けているらしいシンガポールの〈タン・テンニア邸〉の独特の色彩もインパクト充分。

 一六世紀末に竣工した〈サン・ピエトロ大聖堂〉のドーム天井部分にある長方形窓からは光がさしこんで美しい。大きな天窓をもつ〈ソロモン・R・グッゲンハイム美術館〉はフランク・ロイド・ライトの傑作だ。マルクスか通ったことで知られる〈大英博物館図書室〉の二十個の窓と頂部の巨大な天窓は、大英帝国のかつての栄華を感じさせるスケール感。

〈アマリーエンブルク離宮〉のトリッキーな窓の細工もおもしろいし、〈ロンシャンの礼拝堂〉の白いコンクリート壁一面にあけられた窓は形状的には日本の城壁に穿たれた「狭間(さま)」を想起させて興味はつきない。安藤忠雄の〈光の教会〉は十字型のスリットから光がさしこむ仕掛けで、本書でもやはり取り上げられている。

〈シャルトル大聖堂〉のステンドグラスは壮観そのものだし、パリにある〈アラブ世界研究所〉の窓は、メカニカルなデザインとイスラムの伝統的な意匠を巧みに融合させて印象深い。

 そうしたなかで、個性的なウィンドウレス・ハウスとして掲載されているのが、名古屋市にある〈竜泉寺の家〉。コンクリート打ち放しの矩形の建築で、そのシンプルな造りがかえって本書のなかで異彩を放っている。

 窓は、建築のキャラクターを決めるだけでなく、連続して並ぶ同じ様式の建築で用いられると、窓は街並みをつくりだすこともできる。逆に屋内にいる人たちは、窓枠という切り取られたフレーム越しに外を眺めることで、窓による「額縁効果」を感受することにもなるだろう。ついでに記せば「同窓生」という言葉があるように、窓という漢字には「勉強所」という意味もある。

 窓がつくりだす豊かなデザイン。いや、デザインというレベルにとどまらず、窓をとおして私たちは人類の営みやその歴史を垣間見ることができるといってもいいかもしれない。
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by syunpo | 2017-11-20 19:06 | 建築 | Trackback | Comments(0)

世代から世代へ育まれた珠玉の言葉〜『誰も知らない世界のことわざ』

●エラ・フランシス・サンダース著『誰も知らない世界のことわざ』(前田まゆみ訳)/創元社/2016年10月発行

b0072887_1912452.jpg 同じ著者による世界的ベストセラー『翻訳できない世界のことば』の姉妹編ともいうべき本。本書は世界中からユニークなことわざを集めたもので、世界各地の言語表現への熱い関心を示している点では前著とコンセプトは共通する。著者自身のイラストを添えた親しみやすい編集スタイルもそのまま踏襲している。

 ことわざにはその言語を話す人々に共通の世界観なり人間観なりが端的に表現されているものだ。一定の時間をくぐりぬけて現代に伝わってきているものだから、短い言葉のなかにキラリと光る世界の真実の一面を端的に言い表わしているともいえるだろう。もちろん互いに矛盾するようなことわざの組合せも少なくないけれど、それはそれで世界の多面性を反映しているとも考えられる。

〈カラスが飛び立ち、梨が落ちる〉という韓国語のことわざは、いかにも関係がありそうな二つのことがらの間に必ずしも因果関係があるわけではないことを表現したもの。人間には、おしなべて意味のない情報から意味のあるパターンを見出そうとする傾向があると著者はいう。

 ポルトガルに伝わる〈ロバにスポンジケーキ〉は、日本や英語圏なら「豚に真珠」に相当する。それを得るに値しない人に何かを与えることの無意味さについては、古来、各地においてざまざまな比喩でもって表現されてきたようである。

〈目から遠ざかれば、心からも〉は「去る者は日々に疎し」のヘブライ語版。〈ある日はハチミツ、ある日はタマネギ〉は「勝つこともあれば負けることもある」というアラビア語の古諺で、英語の “You win some, you lose some” にあたる。

〈水を持ってきてくれる人はそのいれものをこわす人でもある〉はガー語のことわざ。「ガー」はガーナの一部族とその言語の名称である。遠い所へ水を汲みに行く人は、それゆえに水を入れる器を最も壊しがちであるということを述べたものだ。すなわち、何かを成し遂げようと努力してその最中にうっかりミスをしてしまってもその人を批判すべきでない、という含意がこめられている。

 ヒンディー語のことわざ〈水が半分しか入っていない壺のほうが水がよくはねる〉は「本当の知識を持っていない人に限って、必要以上の大声で語り、飛び回り、また腕を大きく動かしておおげさな身ぶり手ぶりをする」という意味をあらわす。本邦の政治家の言動をみているとなるほど真実の一面をついているのではないかと思う。

〈一輪の花だけが春をつくるのではない〉というアルーマニア語の表現は「たとえ重要そうに見えても、ひとつの現象だけでは全体を判断できない」ことを教えるものである。情報化社会の現代にいっそう当てはまりそうな箴言といえようか。

 本書を読むと、世界には様々な言い回しの妙があることを知ると同時に、表現は異なっていても同じような人生訓や世界観を人類は共有しているのだなとも感じる。ちなみに数ある日本語のことわざから選ばれたのは〈サルも木から落ちる〉〈猫をかぶる〉の二つ。

 強いて本書の難をいえば、アフリカ系言語からの選択が少ないことだろうか。ツイッターなどで見かけるアフリカのことわざにはユニークで面白いものが多いので本書にも期待したのだが、その点はやや残念な構成。さらに、それぞれのことわざに付けられた著者のコメントがいささか野暮ったい感じがした。もちろんそれらの点を差し引いても楽しく読める本には違いない。
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by syunpo | 2017-11-16 19:07 | 文学(翻訳) | Trackback | Comments(0)

かくて私には歌がのこつた〜『中原中也』

●佐々木幹郎著『中原中也 沈黙の音楽』/岩波書店/2017年8月発行

b0072887_1942413.jpg 中原中也の詩のなかにある「歌」を聴く。それは最終的には「沈黙の音楽」としてある。──本書は、みずからも詩人でもあり一九九八年に評論『中原中也』でサントリー学芸賞を受賞した佐々木幹郎ならではの秀逸な中原中也論といえる。

 たとえば開巻そうそうに記された「中原中也が詩のなかに、字下げの箇所を作るようになったのは、おそらく詩の言葉のなかにある『音楽』を意識したからだろうと思われる」との指摘はいわば本書のメインテーマを奏でる前の序曲といった趣だ。

 実際、中也は諸井三郎ら同時代の音楽家たちとも交友し、生前にも自作の詩に曲をつけてもらうことが何度もあった。しかしそういう次元の話にはとどまらない。佐々木は中也の詩を徹底的に読み、その言葉に「歌」を聴き、音を聴き、それが究極的には「沈黙の音楽」として成立していることを全編をとおして論じているのだ。

 ここでクロースアップされるのが岩野泡鳴である。彼は評論『神秘的半獣主義』のなかで「言語も表象であれば、音響も表象だ」と述べ、言語と音響とを並立して論じた。これは当時としては画期的なものであったという。中也がこの評論を読んだかどうかは定かではないが、泡鳴から様々な影響を受けたことはよく知られている。

  ある朝 僕は 空の 中に、
 黒い 旗が はためくを 見た。
  はたはた それは はためいて ゐたが、
 音は きこえぬ 高きが ゆゑに。
 (『在りし日の歌』所収〈曇天〉より)


 佐々木によると、この詩は泡鳴が『新体詩の作法』で、日本の詩は二、三、四音を音律的な基礎としていると論じたことに従ったもので、彼が提唱した分かち書きの記述法で書かれている。

 ……中也が目指していた「歌」と「声」は、この作品に見られるように、岩野泡鳴と呼応して、日本の詩語のなかに、文字化されることによって削り取られてしまった身体的なリズムを回復しようとしていた。しかも、「ゆたりゆたり」とした「旗」のなびく反復運動の音は、無音(沈黙)であることが重要で、それが究極の「歌」として成立したのである。(p143)

 佐々木は、むろんこの詩だけでなく他の作品にも沈黙の音楽を聴き取ろうとして緻密な読解を披瀝していく。とりわけ〈汚れつちまつた悲しみに……〉〈生ひ立ちの歌〉など雪が登場する詩作品から、雪の声を聴く論考は本書の核心を成すものだろう。

 もう一つ「歌」に関連して興味深く思ったのは、中也が民謡の作詞をしていたことである。彼は晩年に極度の神経衰弱を患い入院生活を余儀なくされたが、そこで「療養日誌」をつけていたらしい。一九九九年に発見されたその日誌に民謡が記されていたのだ。もっとも中也の熱心な読者にはよく知られた事実かもしれないけれど。

 丘の上サあがつて、丘の上サあがつて、
  千葉の街サ見たば、千葉の街サ見たばヨ、
 県庁の屋根の上に、県庁の屋根の上にヨ、
  緑のお椀が一つ、ふせてあつた。
 そのお椀にヨ、その緑のお椀に、
  雨サ降つたば、雨サ降つたばヨ、
 つやがー出る、つやがー出る(p241)


 病棟にあっても詩人であること、という強い意志がこの俗語で書かれた詩には秘められているように思う、と佐々木は書いている。そして、中也は詩人としての自分を認めよと院長に伝えたかったのだ、とその心中を推し量るのである。

 中原中也は、若い頃に短歌をつくることで詩人としての才能を発揮し始め、長男を失ってもそれゆえに神経を病んでも、詩人であること歌うことを希求し続け実践した。そのすがたが本書からはひしひしと伝わってくる。自筆原稿などの新発見資料を丁寧に読み込んだ解釈は、時に細かで専門的な議論に傾きがちだが、本書から立ち上がってくる中原中也像には中原文学を読み味わうのに新たなヒントが随所に刻まれているような気がする。
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by syunpo | 2017-11-12 19:06 | 文学(詩・詩論) | Trackback | Comments(0)

「規則」を守る安心、慣れていく危険〜『茶色の朝』

●フランク・パヴロフ著『茶色の朝』(藤本一勇訳)/大月書店/2003年12月発行

b0072887_18501348.jpg 著者のフランク・パヴロフはフランスとブルガリアの二重国籍をもつ心理学者・人権活動家。ジャン=マリー・ルペン率いる極右政党・国民戦線の台頭に危機感をおぼえ、強い抗議の意思表示として本作を書いたという。

 内容はいたってシンプルな寓話である。最初に茶色以外のペットを飼うことを禁じる法律ができる。語り手の俺と友人シャルリーは、そのために飼っていた犬や猫を安楽死処分したことをコーヒーを飲みながら話しているシーンから本作は始まる。犬を処分した友人に対して俺は「きっと彼は正しいのだろう」と思う。

 それからしばらくして「茶色新報」以外の新聞が発禁になる。犬や猫という単語を出す場合には茶色という言葉をくっつけなければならない。それに反する出版社の本は強制撤去を命じられた。

 そうして二人は当然のように茶色の犬や猫を飼うようになった。茶色のペットたちと同じ部屋でチャンピオンズカップの決勝戦を見る。それは「すごく快適な時間」だった。こうして俺は「茶色に守られた安心、それも悪くない」と考える。

 ところが、次には過去に茶色以外の犬や猫を飼っていた行為も違法と認定されることになった。シャルリーは自警団に連行される。「前に飼っていただけで違法になるなら、俺も自警団のいい餌食だ」……こうして次第に状況はエスカレートしていき、ついには、俺の部屋のドアをたたく音が聞こえて……。

 すべてが「茶色」になっていく社会。その進展が淡々と描かれていく。俺もシャルリーも最後まで抵抗らしき抵抗を示すことはない。本文には「全体主義」や「ファシズム」という言葉は一度たりとも出てこない。そうしたことがいっそう全体主義化が進みゆくときの恐ろしさを暗示しているともいえるだろう。

 本書の巻末にメッセージを寄せている高橋哲哉によれば、茶色はフランス人にとって、ナチスを連想させる色なのだという。ナチス党は初期に茶色(褐色)のシャツを制服として採用していたからだ。そのイメージは今日にも受け継がれ、さらに拡張されて、ファシズムや全体主義などと親和性をもつ「極右」を連想させる色になっているらしい。

 この物語が書かれたのは一九九八年。日本版の刊行は二〇〇三年である。 その後、日本では本書に相似する事態がひたひたと進行し、しかもそれに抗おうとするリベラル勢力への冷笑的態度もまたインテリ層を含めて強くなってきている。フランスでの刊行当時以上に現代ニッポンで切実な意義を帯び始めた本といえるかもしれない。政治的なモチベーションが先行したためか内容にさほどの深みは感じられない寓話ではあるが、全体主義の基本的な様相を知るうえでは参考になる一冊ではないかと思う。

 なお日本版では、ヴィンセント・ギャロの挿絵一四点が添えられていて、高橋哲哉による〈メッセージ〉ともども日本のみのオリジナル編集になっている。
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by syunpo | 2017-11-07 19:00 | 文学(翻訳) | Trackback | Comments(0)