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ブックラバー宣言

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素朴な疑問から始まるアート体験〜『美術ってなあに?』

●スージー・ホッジ著『美術ってなあに? “なぜ?”から広がるアートの世界』(小林美幸訳)/河出書房新社/2017年9月発行

b0072887_9444928.jpg 目も鼻もない棒みたいな人の絵が、なんでアートなの?
 アートってどうしてはだかの人だらけなの?
 頭がよくないと、アートのすばらしさはわからないの?

 素朴な疑問を見出しに掲げ、それに答えていくというスタイルで、美術の楽しさ面白さを伝える──作り手たちの美術への愛情が伝わってくるような楽しいアート入門書である。原書はイギリスで刊行され、すでに世界十五カ国語に翻訳されたという。

 ちなみに「アートってどうしてはだかの人だらけなの?」という疑問には「『はだかは美しいもので、芸術作品として鑑賞するのにふさわしい』と考えていた」という古代ギリシャ人の考えを提示して、今日の人体デッサンへと話をすすめていく。例示されている作品はボッティチェリの《ヴィーナスの誕生》だが、それには「美術の世界では、はだかは “新しい命” を表現している場合が多い」との解説も加えられる。

 明快な解説文と工夫を凝らした構成は、大人の初心者が読んでも楽しく学習できる本に仕立てている。古典作品にかぎらず現代アートにもたくさん言及しているのも好ましいし、スーラやシニャックらの点描図法を解説しているページに草間彌生の水玉の作品を並べるセンスもおもしろい。

 ただし疑問符をつけたい記述も。デュシャンの《泉》に関して「新たな視点」で物事を見ることの重要性を言うのは良いとしても「(デュシャンは)芸術的なテクニックよりも独創的なアイディアのほうが価値があるとみとめてほしかった」とするコメントはいささか凡庸で、デュシャンの問題提起を矮小化しているように感じられなくもない。
 また芸術が担ってきた負の側面(公権力者への奉仕、古いイデオロギーの固定化など)には目を瞑って、肯定的な面ばかりを押し出した記述にも改善の余地はあるように思われる。

 むろんそうした点をあげつらって本書の価値を貶めるつもりは毛頭ない。何だかんだいっても美術作品に触れる喜びは格別のものであるし、美術館は愉しい空間である。一人でも多くの人が本書をとおしてアートの楽しさを感じ取ることができれば一美術愛好者として私もうれしく思う。
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by syunpo | 2017-12-30 09:45 | 美術 | Comments(0)

〈デュアル構造〉に分け入る〜『日本問答』

●田中優子、松岡正剛著『日本問答』/岩波書店/2017年11月発行

b0072887_10401281.jpg 法政大学の総長で歴史学者の田中優子と編集工学を提唱する著述家の松岡正剛。二人の碩学が日本の歴史について問答を交わした。最近、単行本のみならず新書でも増えてきた対論集のなかでは出色の面白さである。言葉と言葉が互いに刺戟し反応しあいながら新たな言葉を生み出していくという対談の醍醐味を本書では存分に味わうことができる。

 両者に共通しているのは、日本の特徴を「デュアル」な構造に見出していること。〈天皇/将軍〉〈公家/武家〉〈内/外〉〈ワキ/シテ〉〈神/仏〉〈隠す/顕わす〉……などなど様々な局面におけるデュアルなもの・ことを具体的に例示し日本的な方法として議論を展開していく様はスリリングである。

 注目すべきは、それらが「二重性」ではあっても必ずしも二項対立的ではないという点である。相互補完的であり、メビウスの輪のように反転したり融合したりすることもある。

 
序盤で提示される田中の以下の認識は今日にあってはすぐれて含蓄に富むものではないか。

……私は、日本列島がそれほど閉じているとは思っていなくて、つねに異民族は来ていたと思う。むしろ異民族、異文化に早くから慣れていたし、必要としていた。なぜならそれこそデュアルの根源だから。異質なもの、対立するもの、多様性があって、初めて元気になる文化なんです。(p31)

 とりわけ田中が繰り返し強調するのは江戸時代の鎖国政策に対する偏見への異議である。鎖国なる用語が幕府の公式文書にまったく出てこないことはたびたび指摘されてきたように、「徳川時代は鎖国で閉じていたというのはまちがいで、じつは内のなかに外を入れ込み、内を広げようとしていた時代」との認識を示しているのだ。「グローバル化とは、江戸時代にあっては、世界をいったん呑み込んで自らの変化によって世界に対応することでした」。

 松岡が権力の二元性・多元性を「日本独特のリベラルアーツのようなもの」とみなしているのは、そうした歴史観に対する松岡的な応答でもあるだろう。持論である〈ウツ=ウツロイ=ウツツ〉テーゼもまたデュアルな日本のあり方を捉えようとしたアイデアに違いない。「ウツ(空)」と「ウツツ(現)」のあいだをせっせと「ウツロヒ」が動いているという洒落まじりの仮説である。

 
また田中が随所で言及している「やつし」という江戸時代の人々によくみられた特性は日本文化の多様性を個人にも見出すもので、本書のキーワードの一つとなっている。

 日本社会を循環性の観点からとらえるのもきわめて示唆的である。とりわけ華厳経に由来する「融通無碍」の循環経済論を松岡が語るくだりには大いに教えられた。松岡によれば、店や市といってもたんなる流通ではなく、すべて「融通」だったのかもしれないという。

 融通というのは仏教の言葉で、華厳経からきています。華厳経の世界観というのは「重々帝網」、つまり帝釈天の網の目が細かくなって、それらに一個一個パールのような球体がついていて、お互いがお互いを輝きあって映しあっている、だから一個のものは世界をすべて映し出しているというものです。そういうものがつながっている世界のことを「融通無碍」というふうに言う。(p243)

 私たちが現代も日常会話で「お金を融通する」とか「融通しあう」というふうに使っていることの背景には、そういう行為や関係性の一つひとつが社会全体をくまなく反映しているという考えがあったからというのが松岡の考え方である。そのような融通無碍的な相互性や循環性は日本では他の領域でも多くみられるというのは田中も共有している認識だろう。

 本書の歴史観や日本観に触れると、今、日本社会で蔓延っている排外主義的な動きや政治空間での権力一元化は、日本の歴史や伝統からは逸脱しているように感じられてならない。そのような傾向を推進している人たちがしばしば日本の歴史や伝統を歪曲した形で力説するのは笑止千万である。

 一方で日本人はみずからの歴史や民族性を島国根性や閉鎖性という言葉でしばしば自己批判的に語ってもきた。が、二人の対話をとおして日本社会が蓄積してきた歴史の重層性をこれまで以上に肯定的に捉えることも可能ではないかとの思いを強くした。もちろんそれは昨今叫ばれている夜郎自大な「日本スゴイ」言説とは異なった位相のものであることはいうまでもない。
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by syunpo | 2017-12-28 10:45 | 歴史 | Comments(0)

勝ちぬく僕等少国民!?〜『戦時下の絵本と教育勅語』

●山中恒著『戦時下の絵本と教育勅語』/子どもの未来社/2017年11月発行

b0072887_1026262.jpg 戦前、国民に直接的な影響を及ぼしたのは憲法よりもむしろ教育勅語であったことは多くの人が指摘しているところである。本書はそうしたことを明言しているわけではないが、山中恒自身の教育勅語体験をまじえながら、戦時下の絵本を検証し、子供向けの出版物をとおして軍国主義化のプロセスの一端をあとづけるものである。

 山中は一九三一年の生まれ。国民学校における修身の授業で教育勅語の精神を叩き込まれた世代である。天皇の神格化については、文部省が一九三七年に『国体の本義』を出して主導し、教育勅語の精神を盛り込んだ教科書で学校現場に浸透させていった。一方、商業出版では子供向けの絵本などにも国家の方針に協力する姿勢が鮮明にみられるようになった。

 一九三一年の満洲事変から、上海事変、満洲国建国へと進む中で、絵本では軍人の美談が多く取り上げられるようになったという。当時は日本側の策謀などによる侵略的行動が始まっていたため、「日本側の策謀を正当化しようと、陸軍は大衆受けする戦争美談をマスコミに提供」する必要があったのである。美談の代表的な例としては「爆弾三勇士」の話がよく知られているが、戦後になって、勇ましい自爆ではなく、導火線の不備による事故だったことが明らかになった。

 興味深いことに、著者がとくにはっきりと指摘しているわけではないけれど、日本の拡張政策がすすむと、占領した国の子供たちや自然については(上から目線ではあるけれど)批判的な論評を抑えているように見受けられる。悪しざまな表現は、もっぱらその時点で戦っている中国軍や英国軍などに向けられていたようだ。あからさまなアジア蔑視の描出は、当時日本が喧伝していた大東亜共栄圏の建前に照らしてそぐわないという判断が軍にも出版社にもあったのかもしれない。

 本書を一読して感じるのは、出版の営みが時の公権力と結託することの怖さや不気味さだ。とりわけ子供たちに対するビジュアル素材をふんだんに使ったプロパガンダは、大きな影響力を持ったに違いないと思われる。昨今、近隣諸国についての偏見や謬見を煽るような出版物の刊行が相次いでいるが、歴史の教訓から学べることは少なくないはずである。
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by syunpo | 2017-12-26 10:27 | 歴史 | Comments(0)

左右の対立を超えて〜『テロリストは日本の「何」を見ているのか』

●伊勢崎賢治著『テロリストは日本の「何」を見ているのか 無限テロリズムと日本人』/幻冬舎/2016年10月発行

b0072887_1852398.jpg 日本の安全保障問題を考察した本はあまた出ているが、本書は類書にない視点を打ち出している。テロリズム対策に重点をおいている点だ。というのも伊勢崎賢治によれば「圧倒的な低コストのローテクで、急速に存在感を増しているのがグローバルテロリズム」であり、その脅威の方が近隣諸国の軍事的脅威よりもよりリアルだからである。

 伊勢崎がとくに強調するのは「核セクリュティ」の問題である。原発は仮に廃炉してもその後の核廃棄物の管理に難題をかかえている。今後日本が国家の安全を考える場合、いかなる電源政策を選択しようとも核の問題を避けて通ることはできない。福島の原発事故で「インフラの破壊という大掛かりなことをしなくても、『電源喪失』だけでコトが済む、という新たなヒントをグローバルテロリズムに与えてしまった」ことは決定的である。

「核セキュリティ」の問題はウヨクとサヨクの対立を超える。喫緊の課題のはずだが、誰も本気で手を打とうとはしない。この問題だけでも一冊分の重要性を有しているのではないか。だが本書ではテロリズムをめぐってさらに根源的な問題へと分け入っていく。

 そもそもテロリストはどのようにして生まれるのか。

 それはしばしば超大国の代理戦争が生み出したものである。たとえば、アルカイダやタリバンは米国やパキスタン、金満アラブ諸国が育成したものであり、シリアのテロリズムはロシアの影響力を受けている。
 あるいは政治力が逆転すれば、これまでテロリストと呼ばれた者が体制側になり、体制側の実力組織がテロと呼ばれることもありうる。伊勢崎が体験した東ティモールの独立で実際に生じたことである。

 テロリズムのラベリングじたいが政治力学の変化よって入れ換わる、という指摘はきわめて重要である。私が本書から得たもっとも興味深い事実であるといっておこう。

 とはいえそのような認識を手に入れたところで、現実のテロ対策には即効的な御利益はないだろう。伊勢崎の考察はさらにすすむ。認識すべきことは「グローバルテロリズムとは、アメリカ・NATOという世界最大の軍事力が勝利できない敵」という点だ。この敵に関しては、アメリカが日本の安全を保障することはできない。それどころか「アメリカの代わりに狙われる」可能性すらある。

 ではグローバルテロリズムに対処するにはどうすればよいのか。本書ではやはり米国のやり方を参照する。

 米国陸軍・海兵隊は、イラク戦争開戦三年目の二〇〇六年に、フィールド・マニュアルというべき「対インサージェント軍事ドクトリン(COIN)」を改定した。そこでは「民衆が自らの安全と将来を任せられる優秀な傀儡政権をつくること」が提案されているという。

 伊勢崎は日本版COINをつくる必要性があると言明する。具体的には「国際(国連)停戦軍事監視団」への参画である。これを日本のお家芸にすべきだというのが本書の提言である。

 むろんそれだけで話は終わらない。米国の代わりに狙われるリスクの軽減として「日米地位協定」の改定をあげている。これはすでに多くの論者が繰り返し指摘してきたように極めて不平等な協定である。そこで伊勢崎が掲げる改定骨子は以下のようなものとなる。

「地位協定の時限立法化、もしくは、米軍の最終的な撤退時の状況のビジョン化」
「在日米軍基地に米軍が持ち込むすべての兵器・軍事物資、そしてそれらの運用に対する日本政府の許可と随時の検閲権、すべての基地、空域の管理権の取得」
「在日米軍基地が日本の施政下以外の国、領域への武力行使に使われることの禁止」(p217)


 憲法九条についても改正の必要性を力説している。
 戦後、徐々に九条の空洞化がすすみ、安倍政権によって集団的自衛権が容認されたいまの状況にあっては「もう大義名分において9条が禁止するものに一体何が残っているのでしょう」と言い切り、改憲案を提示して本書を締めくくるのである。その内容についてはあえて記さない。

 伊勢崎の提言は日本版COINや改憲の内容については賛否両論あるだろう。しかしながら日米地位協定の改定に関してはきわめて明快であり、本書の提言を支持したい。何よりこれは安全保障の問題という以前に独立国としての矜持が問われている問題だろう。

 伊勢崎の語りをライターがまとめた構成にはもう少し整理の余地があるように感じられたが、前段で紹介した提言のみならず現場で実務を経験してきた者ならではの具体的な挿話にも学ぶべき点が多々あるように思う。少なからぬ示唆を与えてくれる本であることは確かである。
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by syunpo | 2017-12-19 19:05 | 国際関係論 | Comments(0)

非難の声とともに美術史の歯車は回転する〜『近代絵画史 増補版』

●高階秀爾著『近代絵画史(上)増補版 ロマン主義、印象派、ゴッホ』『近代絵画史(下)増補版 世紀末絵画、ピカソ、シュルレアリスム』/中央公論新社/2017年9月発行

b0072887_18535790.jpg 高階秀爾といえば西洋美術の通史を学ぼうと思った人なら必ず見聞する名前だろう。上下巻から成る本書は、ロマン派から第二次世界大戦までにいたる「近代絵画」の歴史を主要な画家や芸術運動の事跡をたどりながら記述したものである。初版は一九七五年に刊行されたが、新たな研究で明らかになった史実や作品の基本的情報について必要な補訂を施したほか、掲載図版をすべてカラーにしたのが増補の主な内容。

 上巻ではロマン派からナビ派まで、下巻では世紀末絵画から抽象絵画へと至る道筋をふりかえる。通常、近代絵画を語る場合には印象派から始めることが多い。しかし本書のスタンスは違う。

 ルドルフ・ツァイトラーは、一九世紀とは「様式」という概念が通用しなくなった時代だと規定した。芸術家たちは形式上の統一性よりも、自己の個性と内面性と主観性を追求するようになったからである。ならば近代絵画の出発点をロマン派の時代にまでさかのぼる必要があると高階秀爾はいう。「個性の追求といい、内面性、主観性の表現というものは、何よりもまずロマン派の画家たちが求めたものだからである」。ヴィクトール・ユゴーがロマン主義を「遅れてきたフランス革命」だと定義したこともこの文脈において極めて示唆的である。

 ゆえに本書では「近代絵画史」をロマン派から語り起こすのである。ゴヤはその意味で近代絵画の先駆者であった。宮廷画家から告発者的な作品を経て「黒い絵」に至る道程は、近代の夜明けが直面した矛盾や葛藤を体現していたからである。

 その後につづくターナー、コンスタブルの風景画と近代性との関連を考察するくだりも興味深いし、コンスタブルの風景画は印象派に強い影響を与えたという指摘も重要だろう。

 もっともデカルト以来の普遍的な理性に対する信仰は、新古典主義に顕著にみられるものであった。フランスにおける新古典主義の総帥ダヴィッドは「芸術家は哲学者であらねばならない」と考えていたらしい。

 それに対してロマン派の「近代性」はいささかスタンスが異なる。

 ……ロマン派は、理性に対しては感受性を、デッサンに対しては色彩を、安定した静けさに対してはダイナミックな激しさを、普遍的な美に対しては民族や芸術家の個性を、優位に置いた。つまり、ひと言で言えば、「古代」に対して「近代」を主張したのである。(p44)

 ロマン派、新古典主義と近代思想との連関は、高階の見立てによればいささか錯綜しているというか一筋縄ではいかないように感じられる。それもまた歴史のおもしろいところではあるだろうが。

 写実主義の観点からはもっぱらコローが重点的に論じられている。「富も名誉も求めず、ただひたすら自然の歌を歌い続けたコローは、その長い生涯のあいだに、フランス絵画を新古典派から印象派の入口まで、いつの間にか持ってきてしまった」という。

 そして、クールベ、マネ、ドガの登場となれば、そのモティーフからいってもより近代絵画らしくなってくる。もちろん高階はマネについて近代的な風俗を超えたところに魅力のありかを見出している。「われわれが今日マネの作品に惹かれるのは、それが第二帝政や第三共和制時代の風俗を伝えてくれるからではなくて、色彩と形態による詩の世界が歌い上げられているからである」と。

 そうして印象派の時代が到来する。いうまでもなくこれは美術史における画期的な出来事であった。印象派に関しては新印象派を含めてかなりの紙幅を費やしているのは当然だろう。筆触分割などの技術的な問題を論じたうえで「印象派によって色彩は「解放」され「自律性」を与えられたのである」と論じるくだりが文字どおり印象に残った。
 さらに印象派はその運動の後期の過程において、みずからを否定するような動向を示した点で美術史のダイナミズムを感じさせる。

 ……一八八六年の第八回印象派グループ展は、形式的には印象派の最後の展覧会であったが、実質的には、「反印象派」の最初のマニフェストであったと言ってよい。(p162)

 印象派の美学の影響のもとに育ったゴーギャン、ゴッホ、ルドンらは、やがて反印象派ともいうべき方向へと舵を切る。眼に見える世界をそのまま再現するだけでなく、眼に見えない世界、内面の世界にまで探求の眼を向ける。象徴主義と括られる傾向である。

 その後に登場したナビ派も、画面を「自然に向かって開かれた窓」たらしめようとした印象主義に反対して、自然とは別の画面それ自体の秩序を求めたゴーギャンの考えをそのまま受け継ぐものであった。
 モーリス・ドニの絵画の定義はそれを端的に表現している。すなわち「絵画作品とは、裸婦とか、戦場の馬とか、その他何らかの逸話的なものである前に、本質的に、ある一定の秩序のもとに集められた色彩によって覆われた平坦な表面である」と考えたのである。

 魂に形を与えることを志向したドラクロワらのロマン主義から、目に見えるものだけを描く印象派へ、そして再び内面の世界の探求を旨とする象徴主義へ。 ……こうした流れをみていると、近代における西洋絵画の歴史は行きつ戻りつしながら今日へと至ったことがよくわかる。

b0072887_18542780.jpg 下巻では世紀末の絵画の概説から始まる。
 西洋絵画の世紀末は「ヨーロッパ全体が二十世紀になだれこもうとする豊かな混乱と胎動の時代」であった。そのなかでは、セザンヌ礼賛で知られるモーリス・ドニやルドンらの名前を挙げることができる。

 ドイツ表現主義は、二〇世紀初頭に顕著になった芸術動向を指すが、高階はもともとドイツでは表現主義的傾向が強く存在したことを指摘することを忘れない。ただしそうした傾向を「民族的性格」と規定する安直な記述には疑問が残るけれども。

 同じ頃、フランスでも表現主義的な傾向を示していた。フォーヴィスムはその一つのあらわれである。マティスをはじめヴラマンク、ドラン、ルオーらが活躍した時代である。もっともフォーヴィスムはあくまでも純粋な造形芸術運動であったという点で、ドイツ表現主義とは異なるものであった。

 ついでピカソ、ブラック、レジェ、グリスらによるキュビスムの時代がおとずれる。

 ……キュビスムがなしとげた変革は、単に表現様式上のものというよりも、もっと深く人間の世界認識にかかわることであった。統一的な視覚像の崩壊は、とりもなおさず画家の視点の持つ特権的な位置の否定を意味するものであり、人間中心の世界から対象中心の世界への移行を予告するものであった。(p96)

 アンリ・ルソーは一般に素朴派の代表格と目される。先行者の絵画との格闘ぶりをふりかえるならば、なるほど一見したかぎりでは素朴な印象を受ける。しかし今日的な視点からみると、写実主義の破産の後に台頭し、画家自身の「心の状態」を反映した画風はキュビスムの映像世界とも結びつくなど、素朴なる概念だけでは捉えきれない美術史的にも極めて意義深い存在であることは疑いえない。

 ルソーの心酔者であったアポリネールが、シャガールのなかにも同様の詩的世界を見出したことは注目に値する。当時のパリにはさらにモディリアーニ、パスキン、キスリングら錚々たる顔ぶれが集まってくる。こうしてエコール・ド・パリの時代が花開く。多くの才能がパリに集まったこの時代は、芸術の都の名にふさわしい様相を呈していたというべきかもしれない。

 機械文明への賛美を始めたのは未来派である。

 機械文明の勝利を造形表現の上においても確認しようとするこの未来派の運動は、ある意味で、産業革命以後十九世紀を通じて積み重ねられてきた科学技術の発展の当然の帰結であったとも言える。(p142)

 しかしながら、まもなくそれに反発する人々もあらわれる。ダダイズムである。詩人たちを中心にして始まったその運動は、ピカビアとデュシャンが登場するに及んで美術史においても一つの運動として明確な形をとるようになった。それは「大胆に既成の価値を否定しながら、同時に現代文明に向かって、痛烈な批判を投げかけるものであった」。

 ダダの運動に参加した人たちのなかから、シュルレアリスムの担い手があらわれる。偶然性の利用やオートマティスムなど、後にシュルレアリストたちが好んで用いる手法は、実はいずれもダダの仲間たちによって試みられていたものであったという。

 ドイツにうまれたバウハウスも近代美術史において軽視できないものである。それを主導したグロピウスの基本的な意図は「社会からあまりにも遊離してしまった芸術活動をふたたび社会のなかに正しく位置づけようとする」ものであった。

 そしてついに人類の絵画は抽象絵画の時代へと突入する。「純粋な色と線との純粋な関係」こそが「純粋な美」と考えたモンドリアンの考え方に、現代の抽象絵画の理念が詰まっているといえるのかもしれない。

 想像力をキーワードにして、ロマン派から象徴派へ、そしてシュルレアリスムへと進む美術史の流れを簡潔に語る本書の記述は一つの確かな美術史といっていいのだろう。それにしても印象派もフォーヴィスムもキュビスムも、それが始まったときにはいずれも激しい非難や嘲笑を浴びたという史実の繰り返しはまことに興味深い。

 芸術上のあらゆる創作は文脈依存性を有する、と言ったのは古典作品のパロディで知られる森村泰昌である。そういう意味では作品を鑑賞することと美術史の学習とは切り離せない。難解といわれる現代の抽象画でも、美術史を学ぶことでより親近感をもって鑑賞できるようになるのではないかと思う。美術史を学ぶこともまた知的な悦楽である。
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by syunpo | 2017-12-15 19:10 | 美術 | Comments(0)