ブログトップ

ブックラバー宣言

syunpo.exblog.jp

<   2018年 07月 ( 9 )   > この月の画像一覧

文学と映画を凌駕するジャンルとしての〜『1968[3]漫画』

●四方田犬彦、中条省平編『1968[3]漫画』/筑摩書房/2018年5月発行

b0072887_208027.jpg 四方田犬彦が中心になって編集した『1968』シリーズを締めくくる第三弾は漫画がテーマ。一九六八年、漫画は言語と映像が協同する最新のメディアとして、文学や映画を凌駕しようとしていたのだ。多くの才能が次々と現われ、彼らは壮大な領野を自在に駆けめぐり、驚くべき実験を試みた。本書はその一端を現代に甦らせるアンソロジーである。

 その時期にそのような実験的創作が可能になったのは、後押しする媒体が登場したという事実も見逃せない。四方田犬彦は次のように書いている。

 1960年代後半に漫画界で始まったのは、従来の漫画という概念を解体寸前にまで追いやってしまうような実験であり、これまで子供の読み物としてしか考えられてこなかったこのジャンルに、哲学的、また民俗学的、深層心理学的な主題が導入されるようになったことである。『ガロ』と『COM』がこうした新しい漫画を支持する急先鋒であった。(p14)

 佐々木マキの《ヴェトナム討論》には驚かされた。渥美清や水前寺清子など、当時の著名人の画像がコラージュされ、さしたる文脈も形成することなくただ羅列されていくのだ。吹き出しには偽の中国語の台詞が書きこまれ、何やらヴェトナム戦争を非難している風である。

 興味深いのは佐々木マキの登場に際して、手塚治虫が過敏な反応を示したことである。手塚は佐々木が連載を開始した雑誌の発行元に電話し、ただちに連載を中止するよう警告したことはつとに知られている。そのような事実はいかに佐々木マキの作風がいかに既存の作家たちに危機感を覚えさせたかを証し立てるものであるだろう。

 吉本隆明が称賛したという岡田史子の作品からは《墓地への道》が収録されている。四方田によれば郷里である北海道静内の風景に材を採った作品という。「手持ちカメラの長回しであるかのように」映像が進展していく展開はえも言われぬ不思議な魔力を醸し出している。

 つげ義春の《ゲンセンカン主人》の不気味さはどうだろう。寂れた温泉町に一人の男がやってくる。彼は安宿ゲンセンカンの主人に似ていると言われ、その主人に対面しようと考える。だがそれは町の老女たちの共同体にとって、侵してはならない禁忌であった──。

 赤塚不二夫の《天才バカボン》からは、バカ田大学のOBたちが当時の女性闘士を徹底的に嘲弄している一篇が選ばれている。左翼活動家特有の常套句をパロディ化する精神はいかにもギャグ漫画家にふさわしいといえるかもしれない。

 水木しげるの《涙ののるま》は死神を主人公とした人情(?)喜劇である。私が真っ先に想起したのは落語との親和性だ。落語には文字どおり《死神》という古典落語があるし、落語作家の小佐田定雄が桂枝雀に提供した《貧乏神》という名作もある。本作はそれらと共通するペーソスを感じさせる。小佐田の新作落語は水木のこの作品を参考にしたのかもしれない。

 淀川さんぽは今日ではすっかり忘れ去られた漫画家である。大阪近郊を舞台にした作品で『ガロ』誌上において短い期間ではあるが活動したらしい。《たこになった少年》は小学校におけるいじめを描いた作品。いじめが深刻化している現代にはいっそうのアクチュアリティを有した作品といえそうだ。ラストが素晴らしい。

 藤子不二雄Aの《ひっとらぁ伯父さん》は四方田に言わせれば「戦後漫画史において画期的な作品」であるという。これまで明るい市民社会に生きる子供たちをユーモラスに描くジャンルであると考えられてきた漫画の世界にブラックユーモアを導入したからである。藤本弘とのコンビで知られる藤子不二雄(のち藤子・F・不二雄)名義の人気作品《ドラえもん》とは一味もふた味も異なったテイストである。

 池上遼一の《三面鏡の戯れ》は、化粧品会社の女子寮に住む女性が大学生とデートをするという設定で、ラストはやや考えオチ的ではあるが秀逸。四方田によれば池上の初期作品は「ボードレールから横光利一まで、さまざまな文学作品が織りなす残響のなか」で創作されたものらしい。

 楠勝平の《臨時ニュース》も一筋縄ではいかない作品。一見平穏な家庭のなかで、ペットとして飼われている犬が不気味な存在として登場している。正直、一回読んだだけでは今ひとつピンとこなかった。同時代に台頭しつつあった「内向の世代」の文学に対応する漫画であるとの四方田の指摘になるほどと納得した次第である。

 随時引用してきたように、本書に収められた作品の読解にあたっては、四方田の解説がとても参考になった。また鶴見俊輔や村上春樹、天沢退二郎の論考、中条省平のエピローグ的な解説もそれぞれに貴重である。

 ジャン=リュック・ゴダールの映画を観るような知的好奇心を抱いて、佐々木マキやつげ義春の漫画を読むという体験がそう遠くない時代に存在していたという事実。そのことはやはり記憶にとどめておくべきことではないか。

 こうして振り返ると、一九六八年とは政治のみならず文化の領域においても自由奔放でスリリングな時代だったといえる。とにもかくにも種々雑多な実験的創作が自在に生み出され発表されていたのだ。ヘイトスピーチのような暴力的な言説と、少しでも規範から外れた表現とみるやただちに批判を差し向けるような優等生的批評が二極化している現代からみれば、戦後日本史における一つの奇跡ともいえる時代だったのかもしれない。
[PR]
by syunpo | 2018-07-31 20:13 | 漫画 | Comments(0)

不条理な社会を作り直すための技術史の教訓〜『戦争と農業』

●藤原辰史著『戦争と農業』/集英社インターナショナル/2017年10月発行

b0072887_20162851.jpg 食の現場、さらには食べ物を生み出す農業ががいかに不自然な状況になっているか。食から見える世界の不公正なあり方を明らかにする。これが本書の趣旨である。著者の藤原辰史は農業技術史、食の思想史、環境史、ドイツ現代史を専門とする研究者。

 前半、技術史に即した記述はなるほど興味深い。技術史の観点からみれば、農業と戦争は相互補完的な歩みを進めてきた。藤原は「二〇世紀の人口増加を支えた四つの技術」として、農業機械・化学肥料・農薬・品種改良を挙げている。それらは二〇世紀以降の農業を劇的に変化させた。そのうち、農業機械・化学肥料・農薬は同時に戦争のあり方までも変えてきたという。

 農業の近代化を支えた農業機械の一つであるトラクターはスピンオン(民生技術を軍事技術に転用すること)されて戦車に変身した。化学肥料の生産過程で作るアンモニアを火薬産業に利用しようという発想のもとに、化学肥料産業は火薬産業にもなっていった。ベクトルは逆だが、第一次大戦中に作られ余った毒ガスは、その後、害虫駆除の「農薬」に転用された。

 戦争とは人と人が殺し合うものである。農業とは人を生かすために食物をつくりだす行為である。本来は対極に位置するはずの人間の営みが、技術史をとおしてみると互いに関連しあって「進展」を遂げてきたという事実は、アイロニーという以上のほろ苦い感慨を私たちにもたらす。

 ところで、こうした技術の発展はいずれも扱う対象に対して距離をとって人間が長年培ってきた勘やそれに基づく即興的な対応力ではなく、マニュアルに依存するような道具といえる。
 またそれらは即効性のみを求める競争の原理に基づいて開発され発展してきたものである。ベースにある競争の原理が今日の多くの食の問題へとつながっているというのが藤原の基本認識だ。

 本来人間の食を豊かにするはずの技術の発展が、現実には人びとの争いを加速させ、ひいては飽食と飢餓が共存する世界をつくりだした。であるならば、食と農業の再定義は効率主義による不公平な競争の仕組みを変えていく足がかりになるのではないか、と考えるのはその道の研究者として自然な問題意識だろう。

 食とは元来、口以前、口からお尻まで、お尻以降という三段階を、微生物の力や別の人間の力を借りながら食物を通過させる現象であり、食べる人はそのプロセスの一部を構成するにすぎない。
 また農業とは、人間が作物を育てる行為ではなく、植物を育てる自然の力を人間が助ける行為である。

 ……迅速・即効・決断の社会は、人間の自然に対する付き合い方も、人間の人間に対する付き合い方も、硬直化させてきました。それは、感性の鈍麻をもたらし、耕作・施肥行為をする農民や食品を生産する労働者は、機械や肥料工場の末端のデバイス(装置)となり、戦争での殺人もベルトコンベヤでの作業のような軽易なものになりつつあります。(p179)

 そのような世界よりも魅力的な世界。

 それは「競争の代わりに、遅効性に満たされた世界であり、かつ効き目の長いものによって構成される仕組み」に基づく社会ではないか。技術がお互いの交流の間合いをうまく調整しながら豊かにしていく仕組みとも言い換えることができるだろう。

 ……人間は、生物が行き交う世界を冒険する主体というよりは、生きものの死骸が通過し、たくさんの微生物が棲んでいる一本の弱いチューブである。つまり、生命の変化のプロセスの一部であることに存在の基盤を求めるのです。その基盤を前提に仕組みを作る。(p190)

 後半は、やや理念的な話になり、率直にいって前半部で示された技術史そのものが語りかけてくる面白味に乏しくなる印象は否定しがたい。とはいえ、私たちの生活のベースになる食と農業をとおして、人間社会のありかたそのものを見直そうとする本書の着眼には大いに共感できる。著者の本をもう少し読んでみたいと思う。
[PR]
by syunpo | 2018-07-29 20:25 | 歴史 | Comments(0)

戦後民主主義を生きてきた女優として〜『私が愛した映画たち』

●吉永小百合著『私が愛した映画たち』/集英社/2018年2月発行

b0072887_18423840.jpg 吉永小百合は日本が敗戦した一九四五年に生まれた。文字どおり日本の戦後民主主義の歩みとともに生きてきた映画女優といえるだろう。《朝を呼ぶ口笛》でデビューして以来、最新作の《北の桜守》まで出演した作品は百二十本。本書ではその中からとくに吉永にとって印象深い作品を選び、それに即した思い出や挿話を問わず語りで振り返る。インタビュアーは共同通信者編集委員の立花珠樹。

《キューポラのある街》は吉永が日活入社三年目の作品で、フランソワ・トリュフォーが「主役を演じた女優がたいへん見事でした」と言ったと伝えられている。父親役の東野英治郎は酒を飲まなかったが酔っぱらいの芝居は上手だった。「東野さんを見ていて、役者っていうのは経験ではないんだな、観察力なんだなと実感しました」。

《愛と死をみつめて》は原作を読んだ吉永が「どうしてもやりたい」と会社に願い出て実現したもの。日活史上、興業成績ナンバーワンを記録した。《愛と死の記録》は広島で被爆した青年とその婚約者の悲劇を描く。被爆者の顔のケロイドの場面などを日活首脳部がカットするように命じたことについては「切られる前の “完全版” を、皆さんに観てもらいたかった」と今も憤りを隠さない。

 一九七〇年代に入り、吉永は突然声が出なくなった。そんな時に出会ったのが松竹のドル箱シリーズ《男はつらいよ》。録音のレベルを上げてもらってなんとか乗り切ったらしい。「役者なんて、さだめのないもの。だから何年も先の仕事を決めるもんじゃない。ふらっと出会った作品の中で自己実現していくもんなんだ」という渥美清の言葉を今も大事にしているという。

《動乱》では高倉健と初めて共演する。吉永にとっては「再び映画への情熱を蘇らせてくれる作品にめぐり逢うことができた」という作品である。厳冬期の北海道でのロケで、高倉が雪原で独りぽつんと立ったまま昼食のカレーライスを食べていた姿を回想する語りは興味深い。「役になりきっている状態で、集中力を切らさないために、暖かいバスの中に入らないようにされていたんです」。

《夢千代日記》では被爆したヒロインを演じ、NHKの人気シリーズになった。面白いのはシリーズの幕引きとして映画化作品に出演したときのこと。監督は《キューポラ……》の浦山桐郎だが、一つのセリフをめぐって監督と対立したのだ。吉永は最後まで譲らなかった。「たった一つの台詞を譲らなかったのを見て、私は小百合さんのことを認めました」と共演した樹木希林は後に述懐している。

《細雪》は巨匠・市川崑との初仕事。「それほど積極的にやりたいという気持ちではなかった」というが、「でき上がった映画の中に今までの私と違う、新しい私を見つけました」という。その後、吉永・市川コンビで《おはん》《映画女優》《つる 鶴》の三作が作られた。

 深作欣二監督作品《華の乱》ではで与謝野晶子役を演じた。「夜の撮影は一二時までに終えてほしい」と要望していたが、初日に反故にされた。ハリウッドなら吉永クラスの女優なら契約書に盛り込んで法的に厳守させるところだろうが、日本ではそうもいかないらしい。

《外科医》《夢の女》は歌舞伎俳優・坂東玉三郎とのコラボレーションとして話題を集めた。「女性らしいしぐさについて学ぶことができました」という発言がおもしろい。吉永は女優としての基礎訓練を受けてこなかったので、歌舞伎の様式美からは吸収すべきことが多々あったのだろう。

《北の零年》《北のカナリアたち》《北の桜守》の北の三部作は吉永が企画段階から参画している。《北のカナリアたち》で共演した子供たちは今でも吉永の役名である「はる先生」宛で手紙やメールを送ってくるという。

《母と暮せば》での母親役は「これまでで一番難しい役」だったという。せりふが多く、一人芝居的な要素が強かったから。私は山田映画の台詞の多さ、説明過多な作風はまったく好きになれないが、吉永は役者の側からそうした演出の意味を汲み取ろうと努めたのだろう。それはそれでプロフェッショナルな印象を受けた。

 立花の筆致は全体をとおして吉永に対してきわめて好意的であり、その点は本書の雰囲気を、厳しくいえば微温的なものにしている。また、本書における吉永の印象的な発言は既刊書のなかで紹介されているものも多く、本書がどこまで吉永の意外な側面を引き出しているのか評価は微妙なところ。何はともあれ吉永小百合のファンにとっては安心して楽しめる一冊には違いない。
[PR]
by syunpo | 2018-07-21 18:45 | 映画 | Comments(0)

他国の歴史に学ぶ英知〜『ハーバード日本史教室』

●佐藤智恵著『ハーバード日本史教室』/中央公論新社/2017年10月発行

b0072887_1159457.jpg 愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。プロイセンの政治家、オットー・フォン・ビスマルクが言ったとされる言葉である。同じ歴史でも自国の歴史以上に他国の歴史から学ぶ者は、より賢いということになるだろうか。本書を読むにあたって私はそのようなことを考えたりした。

 もっとも本書のコンセプトはビスマルクの言葉とは直接関係はない。世界の精鋭が集まるハーバード大学では日本史をいかに教えているのか。そのような日本人の素朴な関心から、現役の教授を中心に十人のハーバード大学関係者にインタビューした記録である。著者の佐藤智恵は、NHK、ボストンコンサルティンググループ、外資系テレビ局などを経て、現在は作家・コンサルタントとして活躍している人物。

『源氏物語』や『今昔物語集』を授業で必ず取り上げるというアンドルー・ゴードン。光源氏の女性関係は女子学生におしなべて不評だという。「九歳ぐらいの少女を将来の妻にするために自分のもとにおいて、自分好みの女性に育てあげるというのは、今の時代であれば、性的虐待ともとれる行い」であり、その点が「気持ち悪い」という感想につながると紹介している。
 現代の規範から他言語の古典に描かれたキャラクターを判断するのは文学の読解としてはつまらないことだと思うけれども、何につけ自己の考えを堂々と表明するのは彼の地の学生が身につけている態度なのだろう。
 城山三郎の『メイド・イン・ジャパン』を通して日本の高度経済成長を学ばせるという試みはおもしろいかもしれない。

 ゴードンとともに日本史の通史を教えているデビッド・ハウエルは幻の貿易都市と言われた青森の十三湊や幕末の大名・堀直虎、『忠臣蔵』で有名な赤穂事件などを題材にしている。「戦う人」から「統治する人」へと変わった武士階級による国内統治についてのハウエルの見識は、なるほど優れているように思われる。江戸時代の幕藩体制は幕府が直接領土を統治する仕組みではなかったために、厳しい階級制度とみられていた割には柔軟性の高いやり方だった。

 日本近代史を専門とするアルバート・クレイグの明治維新論も興味深い。彼によれば、坂本龍馬や西郷隆盛よりも、木戸孝允、大久保利通こそ明治維新の主役だという。木戸や大久保の方が明治政府で果たした役割は大きかった。二人は私益よりも国益を優先したと思われる点で、クレイグの評価は高くなるのである。

 日本でもおなじみのエズラ・ヴォーゲルのサムライ資本主義論については賛否両論ありそうだ。伝統的に「日本の指導者は富をシェアしようとする気持ちが強い」と仰るのだが、今日の政治状況をみるに、そのような一般論はかなり怪しくなってきたと思わざるをえない。

 経営史を研究しているジェフリー・ジョーンズは、世界最古の企業といわれている金剛組について言及しているのがおもしろい。五七八年創業の金剛組は神社仏閣の建築を生業としてきた。各宗派の様式を守って建築し補修していくというビジネスモデルは、技術の進化に伴う事業の陳腐化からは免れてきたのである。「老舗」という言葉があるのは日本語だけではないかとジョーンズはいう。また日本の長寿企業について、国内ビジネスに徹したことが長く存続できた理由の一つにあげている。

 ただし歴史の表層をなぞっただけのような退屈な対話も混じっている。とりわけジョゼフ・ナイへのインタビューなど戦後の日米関係をあたかも対等な「友好関係」として対話しているのはいただけない。米国側が建前上そのような態度を貫くのは当然かもしれないが、著者がそのレベルでの対話に付き従うのは端的に欺瞞だろう。その意味では隔靴掻痒の感を拭えない。

 サンドラ・サッチャーがブッシュ大統領の真珠湾演説やオバマ大統領の広島での演説を「モラルリーダーシップの模範例」としているのをそのまま鵜呑みにしているのもどかしい。オバマが広島で神妙に被爆者をハグしているすぐ後方には、核兵器発射の暗号を記したブリーフケースを持つ側近が立っていたことは海外のマスコミがふつうに報道した事実である。その程度の基礎知識は研究者なら弁えておいてほしいものだ。オバマ時代に核兵器関連の予算は増加したとのデータもある。それに加えて、相も変わらず米国が世界のリーダー然として振る舞うべきだとするサッチャーの考え方じたいが二〇世紀的な大国の傲慢を引きずっているのではないか。

 このような人たちが日本の歴史の一面に対して理解や共感を示したりするのはありがたいことだと思う反面、エドワード・サイードのいう「オリエンタリズム」的な心性を感じてシラケてしまうのは私だけだろうか。
 それなりにおもしろい本に仕上がっているけれど、全体的にもう少しツッコんだ質問があれば、さらに内容の深い本になったのではないかと思う。
[PR]
by syunpo | 2018-07-17 12:07 | 歴史 | Comments(0)

忘れられた言葉に光をあてる〜『1968[2]文学』

●四方田犬彦、福間健二編『1968[2]文学』/筑摩書房/2018年3月発行

b0072887_8375679.jpg 四方田犬彦が編集を務める『1968』シリーズの第二弾。文学作品に対象をしぼったアンソロジーである。本書では、詩人・映画監督の福間健二も編集に加わっている。

 ここで積極的に目を向けているのは「時代をすぐれて体現しているにもかかわらず、不当なまでに蔑ろにされたり、また一度も照明が当てられることなく、忘却に付されてきた文学作品」である。

 中上健次の若かりし頃の詩を読めたのはうれしい。寺山修司が編んだ無名の若者たちの詩も当時の若年層の知的レベルの高さがうかがえ、充実した読後感をもたらしてくれる。そして永山則夫の《無知の涙》からの抜粋。

 小説は三篇。ピンク映画女優などをしながら小説修業を重ねた鈴木いづみの《声のない日々》。読んだのはもちろん初めてだが、三十六歳の若さで縊死したのは惜しまれる。
 佐藤泰志の高校生時代の作品《市街戦のジャズメン》。文章は荒削りながら東京での学園闘争を遠く函館で眺めることしかできなかった若者の「独特のもどかしさ」が描かれていて興味は尽きない。
 石井尚史の《〈同士達〉前史》。高校バリケード闘争を描いた短編小説である。闘争に参加した高校生たちの心理を描写していく視点の移動はいささかぎこちないものの、何よりも高校生の視点から一九六八年を描き出したことに価値があるだろう。

 道浦母都子の短歌もこの時代の空気を鮮やかに伝えてあまりある。とりわけ国際反戦デーで逮捕された体験をもとに歌われた言葉は、その切実さにおいて、生々しさにおいて、今時のポップな短歌とはかなり隔たっているように感じられ、たいへん印象に残った。

 また芝山幹郎や帷子耀らの饒舌な詩作品に関して、四方田は一九九〇年代以降に日本でも興隆してきたラップ・ミュージックの先駆的表現と見なしているのも卓見ではないだろうか。

 四方田がかねてより熱い視線を注いできた平岡正明の批評はやはり外せないものだろう。《ジャズ宣言》《地獄系24》《永久男根16》から抄出している。過剰な性的表現は好悪を分かちそうだが。

 一九六八年の時点で東京大学の大学院博士課程に在学中だった藤井貞和は国文学研究の初期における国家権力との癒着を指摘している。つまり国文学は新しい国学としてのみずからの務めをまっとうしたのだと。そのうえで、研究者イデオロギーのよそおいを科学の名において暴き立てていくことを訴えている。人文学への逆風が一層強まりつつある現代、藤井の論考は改めてアクチュアリティを帯びてきているようにも思われる。

 土方巽の《犬の静脈に嫉妬することから》は談話とエッセイを再構成して編まれた書物らしい。土方独特の想念や表現には戸惑うところも多々あるのだが、四方田によれば「主題的な、また文体論的な意味で、そこには土方自身の舞踏との相同性を認められる」という。

 最終章に収められた、吉本隆明、澁澤龍彦、三島由紀夫ら大御所のテクストにはさほど面白味を感じなかった。三島が雑誌《アンアン》の創刊に際してお祝いの言葉を贈っているのはほほえましい。

 全体的に難解なテクストが少なからず含まれていて、それはそれでこの時代の知的雰囲気を色濃く体現したものともいえるのだろう。四方田は本シリーズの第一巻において次のように書いている。

 社会学者のなかには、こうした文化的実験が日本人の大多数には理解もされず、また知られていなかったという「統計」的事実を持ち出し、そのすべてが後年に神話化されたものであると断定する不幸な傾向が存在している。……(中略)……いうまでもなくこの論理は、前衛的実験が存在していたという事実を無視し排除しようとする、支配的な権力構造に出来する言説である。
 本書ではこうした官僚主義的な言説に対しては、明確にその態度を批判しておきたい。古今を通して、もっとも新しい文化運動、芸術思潮は、つねに時代の少数派によって担われてきた。その担い手たちは、望むと望まないとにかかわらず、少数派であるがゆえに社会的に孤立し、その孤立を政治的なものとして提示せざるをえない不可避性を抱え込んでいた。政治を表象する文化があったのではない。文化が政治的たらざるをえない状況が存在していたのだ。(『1968[1]文化』p29)


 そうした言葉を念頭に置いて本書に収められた言葉に接する時、私たちはよりいっそう「文化が政治的たらざるをえない状況」の切実さの一片に触れることができるだろう。それもまた一つの貴重な体験にほかならない。
[PR]
by syunpo | 2018-07-16 08:40 | 文化全般 | Comments(0)

時代が生み出した多彩な才能〜『1968[1]文化』

●四方田犬彦編著『1968[1]文化』/筑摩書房/2018年1月発行

b0072887_1173313.jpg 一九六八年。米軍がハノイ爆撃を本格的に開始しベトナム戦争が激化する。ドゴール政権打倒を叫ぶ学生たちによりパリで次々と大学が閉鎖され「五月革命」が始まる。西ベルリンで学生がゼネストを行なう。
 日本ではエンタープライズの佐世保入港をめぐり全学連と機動隊が激しく衝突する。東京大学医学部自治会では無期限ストに突入する。年末には入試中止が決定される。成田空港反対集会で反対同盟と全学連が警官隊と初めて激突する。日本大学で全共闘の大集会が行なわれ、初めてヘルメットが出現する……。

 こうした若者たちの政治的反乱と連動するかのように、文化の領域においても様々なムーブメントが発生した。「一九六八〜一九七二年は、世界の文化が同時性のもとに成立した歴史上はじめての瞬間であった」のだ。

 今年二〇一八年は、一九六八年から五十年目のメモリアルイヤーにあたる。本シリーズはもちろんそれを意識したもので、全三冊ともに四方田犬彦が編集を担当。〈文化〉編の本書では、美術、演劇、舞踏、図像、映画、音楽、ファッション、写真など文化領域における当時の前衛的な活動を掘り起こし現代に甦らせようとする。

 四方田の巻頭言がいい。

 ある時代の記憶に接近するために最初になすべきこととは何だろうか。
 まず先入観を捨てることだ。次に、そこに複数の地層が重なり合っていることを、冷静に認めることである。とりわけそれが変革と破壊、実験と試行錯誤に満ちた時代であった場合、生起していた事象の一つひとつを前に、スコップと軍手を用いて、丁寧に発掘の作業を試みなければならない。真実は埋められているか、封印されているかのどちらかであるからだ。その時代に一世を風靡していたものだけを追いかけてみても、時代の本質である真実に到達することはできない。(p23)


 椹木野衣は、一九七〇年の大阪万博を基軸にして、万博に協力した前衛美術家たちとそれに反旗を翻した一群(ダダカン、ゼロ次元など)の対照を浮き彫りにする。「祭りのあと」に台頭した「もの派」に言及しているのは当然としても、さらに、そのような大きな流れとは別の個別的な動き──美共闘、タイガー立石、菊畑茂久馬──に注目しているのも本書の趣旨に適っているかもしれない。

 四方田自身が執筆している「グラフィックス」の章もなかなかおもしろい。ベ平連発行の『週刊アンポ』がビジュアル的にも実験的な試みを行なっていたことは不勉強ながら知らなかった。粟津潔、横尾忠則、赤瀬川原平、佐々木マキなど錚々たるメンバーが入れ替わり立ち替わりに表紙を担当していたのだ。

「演劇」を担当している西堂行人の論考は、唐十郎、鈴木忠志、寺山修司らの活動を当時の政治動向と関連づけながら活写している。まさに「アングラ革命の時代」であった。時代が母体となって次々と才能を輩出する。そんな時節がそう遠くない過去の日本にあったのだ。

 大島洋の「写真」論もいささかカタログ的ながら当時の熱気をおおいに伝えてくれる。一九六八年は写真にとっても画期的な時代だった。特筆すべきは何といっても写真同人誌『PROVOKE──思想のための挑発的資料』。多木浩二、中平卓馬、森山大道らによる「ブレ・ボケ」の作品は既存の写真の価値観を大いに揺すぶったのだった。

「舞踏」に関しては、國吉和子がもっぱら暗黒舞踏の土方巽にスポットライトを当てる。「個人史と日本の近代が渾然と混ざりながら形成されてきた自分の肉体を、徹底的に対象化し、それによって自らをもつき放そうとする」土方の強烈な批判精神が言語化されている。

 社会学者・稲増達夫による「音楽」論は、ビートルズやGSへの若者の熱狂と大人からの批判について「世代断絶」とみなして興味深い。GSにこだわるのは「当時はビートルズよりもファンが多く影響力もあった」のに「商業主義」「欧米のコピー」「無思想」といったステレオタイプで貶められることが多いからという。ロックと歌謡曲が化学反応を起こした日本独自の「民族音楽」なのではという問いかけもあながち大げさとはいえまい。

「ファッション」について語る中野翠はみずからの実体験に即した書きぶりで、多くの資料と格闘したと思しき他の男性論客とは一味違う、いかにも中野らしい随想を寄せていて愉しい。

「映画」はもちろん編者の四方田犬彦による一文。まずは本書のテーマとなっている一九六八年から数年間の動向について端的な言明を下しているのが注目されよう。

 1968年から72年にかけての5年間とは、それまで独自の発展を見せてきた日本映画が、〈世界映画〉の最前線において受容されるという文脈が、ほぼ成立した時期である。(p306)

 大手映画会社によるプログラム・ピクチャーと個人の〈作家〉の映画という二つの軸に沿った論考では、とりわけ後者に対して高く評価しているのが目を引く。

 ATGや若松プロ、小川プロに代表される小さな制作会社はこの時期、もっとも豊かな結実を残しているという。実験映画で今まさに生成しつつある映像の現前を作品に仕立てた松本俊夫。『エロス+虐殺』『煉獄エロイカ』を世に問うた吉田喜重。青春映画というジャンルの解体へと進めた羽仁進。
 さらにこの時代にもっとも過激に活動し、機会あるたびにスキャンダルを引き起こした映画人として大島渚と若松孝二に紙幅を割いているのはこれまでの四方田の批評活動からすれば当然の流れだろう。

「雑誌」についても一章が割り当られていて、上野昂志が寄稿している。一九六〇年代後半はいろいろな雑誌が創刊された時代だった。六六年『話の特集』『デザイン批評』。六八年『血と薔薇』『季刊フィルム』『シネマ69』『PROVOKE』『月刊ビッグコミック』。六九年『季刊写真映像』『週刊アンポ』。こうして振り返ると、写真・映画・デザインなど表現に関わる分野における批評を主なテーマにした雑誌が多い。この時代は政治運動の時代であったが、表現活動に対する批評が「妍を競った時代」でもあったのだ。

 写真作品だけでなく映画のポスターや書籍の表紙などなど図版資料がふんだんに使われた編集で、目で見ても楽しめる作りになっている。一九六八年という時代の表現や知のあり方、そして何よりも当時の熱気が伝わってくるような本である。
[PR]
by syunpo | 2018-07-15 11:08 | 文化全般 | Comments(0)

時を超えて輝くもの〜『名画は語る』

●千住博著『名画は語る』/キノブックス/2015年1月発行

b0072887_1045949.jpg 日本画家の千住博が世界美術史を彩る名画の数々を取り上げ、それぞれの作品のみどころを解説・批評していく。千住が名画について語っているというよりも、名画が千住をして語らしめているといった方がいいかもしれない。標題もそうした意味合いを含んでいるのだろう。

 取り上げられている作品はおなじみの名品ばかりである。ムンクの《叫び》。レオナルド・ダ・ヴィンチの《最後の晩餐》。セザンヌの《大水浴図》。ブリューゲルの《雪中の狩人》。マティスの《金魚》。ゴッホの《ひまわり》。ドラクロワの《民衆を導く自由の女神》……。

 フェルメールの《牛乳を注ぐ女》に性的な寓意を読み取ろうとするのは面白いし、ピカソの《ゲルニカ》を当時のピカソ自身の交友とも関連づけて想像力を羽ばたかせるのもやや下世話な鑑賞ながらそれはそれで興味深い。印象派の作品に関しては、随時、ジュリー・マネの日記を参照し、彼らの人間模様にも着目して作品を読み解いていくのも参考になる。

 また画家自身になりきったり、コレクターの口を借りて語るなど、叙述に工夫を凝らしているのも一興。藤田嗣治と比較しながら論じられている国吉康雄やコロンビアのフェルナンド・ボテロなどは一度じっくりと作品を観てみたいと思った。
[PR]
by syunpo | 2018-07-08 10:05 | 美術 | Comments(0)

世間話の延長としての〜『社会学』

●加藤秀俊著『社会学 わたしと世間』/中央公論新社/2018年4月発行

b0072887_18381376.jpg 社会学者・加藤秀俊による肩のこらないエッセイ集とでもいえばよいか。「集団」「コミュニケーション」「組織」「行動」「自我」「方法」などをキーワードにした章立てをして、新書らしく読みやすい構成。平易な語り口ではあるが、内容は滋味に富んでいる。

 社会学とは何か。どのようにあるべきか。そうした基本的な問いに対して狭義の社会学だけでなく人類学や民俗学、歴史学など隣接する学問をも視野に入れながらいくつもの答えを提示していく。

 社会学とは「世間話」の延長線上にあるものだという。社会とは「society」の訳語だが、それ以前からそれに相当する言葉として「世間」があった。すなわち社会学とは世間についての学問ということである。日本では歴史上、世間話の集大成のような著作がいくつも書かれてきたのである。松浦静山の『甲子夜話』や太田南畝の『一話一言』などだ。芸術の領域では、浮世絵などもその名が示すとおり世間を描いたものである。G・H・ミードのいう「見られる自我」「一般化された他者」も加藤にかかると「世間」「世間の眼」とひらたく言い換えられる。

 世間の学においては法則や公理などというものはなく、文学性が求められるという見解も、「話」である以上、自然に出てくる考え方だろう。『断片的なものの社会学』を書いた岸政彦が本当に文学作品に向かったのは自然な流れなのかもしれない。

 社会学という学問は極言すれば「ふるさとの学」なのであるともいう。宮本常一やロバート・リンド、エヴェレット・ロジャースなどの例を引いて、そのように言うのである。宮本は故郷の山口県周防大島を終生愛した。全二十五巻におよぶ著作集のどの巻をひらいてみても「そこには周防大島の住民としての著者の息づかいがかぐわしく立ちこめている」。
 またアメリカ中西部に誕生したアメリカ社会学にとっての「社会」とは抽象的な「社会一般」ではなく、特定の地域社会とそこで暮らすひとびとのことにほかならなかった、という。

 もちろん、自分の生まれ故郷だけが「ふるさと」なのではない。その気になりさえすれば、いつでも任意の「第二のふるさと」をつくることができる。つまりは地域に愛着をもって、その地における人々の生活を観察し、あるいは体験することから社会学は始まるということなのだろうか。

 このほか、随所に社会学の豆知識が盛り込まれているのも勉強になる。
 たとえば、人間の相性について本格的に研究したのは米国の戦略空軍だった。無差別爆撃機のチームワークを重視し、心理学者モレノが提唱した「社会計測学」を導入したのだという。
 米国のハースト系新聞がスペインの印象を悪化させるような捏造記事を連発して米西戦争の機運を煽ったというジャーナリズム史の一コマも現代人には教訓的ではないだろうか。

 各章の末尾には参考文献リストが掲げられているので、社会学への入門的読書ガイドとしても役立つ。私自身、社会学関連の著作は数多く読んできたが、あらためてこの学問への関心を喚起させられた。
[PR]
by syunpo | 2018-07-07 18:47 | 社会学 | Comments(0)

自民党政権から野村萬斎まで語り倒す〜『平成史』

●佐藤優、片山杜秀著『平成史』/小学館/2018年4月発行

b0072887_1992786.jpg 平成時代を振り返る。佐藤優と片山杜秀の対談集である。正直にいえばあまり面白くない。安倍政権からSEALDsまで、全体をとおして辛口の寸評が繰り出されるのだが、高みからあれもダメこれもダメと全方位的にぶった斬っていくのはこの手の対論にお決まりの仕草とはいえ、批判のしかたがいささか粗雑で違和感をおぼえる場面がけっこう多かった。

 時代の混迷の原因の一つを中間団体(におけるローカルルール)の解体という切り口で繰り返し語るのは異論はないものの、誰もが指摘していることで何を今さら感が拭えないし、社会学全般への批判も大雑把。また少子化の問題について、片山がピエール・ショーニューを引いて現代人のマインドを批判しているのも空疎な観念論というほかない。

 その一方で、橋下維新や安倍首相の政治をポストモダン的と規定してみたり、平成を代表する文化人として片山が野村萬斎を挙げてみたり、斬新な視点を提示しているつもりかもしれないけれど、私には奇を衒った印象の方が強く残る。面白味があるとすれば、佐藤の外交官時代のエピソードや永田町の下世話な楽屋話。話が具体的なぶん楽しめる。

 同種の対論としては浅田彰と田中康夫の憂国呆談シリーズが想起されるが、政治からカルチャーシーンまで世界の動きを手際よく交通整理していく浅田のスタイリッシュな語りに比べると、本書の対話はいかにもダサい感じがする。
[PR]
by syunpo | 2018-07-05 19:11 | クロスオーバー | Comments(0)