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ブックラバー宣言

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人間にしか指せない手はあるか〜『不屈の棋士』

●大川慎太郎著『不屈の棋士』/講談社/2016年7月発行

b0072887_1015852.jpg 将棋の世界は今世紀に入って人工知能の進化で様相が劇的に変化した。人間を負かすソフトが台頭してきたからだ。二〇一三年に行われた第二回電王戦で現役棋士が初めてソフトに敗北したのだ。その二年後には、情報処理学会が「トップ棋士との対戦は実現していないが、事実上ソフトは棋士に追い付いた」との声明を出した。

 棋士の存在意義は端的に「将棋が強い」ことである。それでは人間よりもソフトの方が強いとなった時、人間がプロの看板を掲げたまま将棋を指し続けることはできるのだろうか。棋士という職業はこれからも存在し続けることができるのだろうか。

 本書は現役棋士十一人にインタビューした記録。ソフトを積極的に活用して悪びれることなくソフトが叩き出すレーティングを話題にする若手棋士。ソフトには背を向けひたすら自分の頭で考えることを重視する中堅・ベテラン。棋界の将来に危機感を抱いている点では共通するものの、自らが目指すべき方向や研究姿勢には相違点も浮き彫りになる。とくに将棋ファンでなくとも楽しめる内容だろう。

 羽生善治の談話はあくまで慎重で、使用しているソフトも明かさない。が、ところどころで話が具体的になるのは興味深い。たとえばソフトの進化があまりに進むと「二日制はやりづらくなるでしょう」と述べている点などだ。封じ手時点でかなり進んだ局面になった時に、ソフトで調べている人にはすでにおおよその結論がわかってしまう。それでは二日目の興味はかなりそがれてしまうというわけだ。

 ソフトの進化に伴って「人間にしか指せない手はあるか」という問題がよく問われるようになった。

 渡辺明は「人間にしか指せない将棋、というものはない」という。対して勝又清和は、必ずしも合理性にとらわれない勝負手をコンピュータは指せないが人間には指せるという。
 またソフト研究に熱心な西尾明が、ソフトには否定的な山崎隆之の名を挙げて「誰が見ても自分の特徴がくっきりと見えるような将棋を指したい」といっているのも印象に残った。

 ソフトの使用にもっとも熱心な一人が千田翔太。千田は良くも悪しくもデジタル的思考が徹底している。棋力向上の内容を説明するときにレーティングの話を最初に持ち出したのがいかにも象徴的だ。ただし「自分はタイトルを獲ることを目標に勉強しているわけではない」とまで言われると年季の入った将棋ファンは反発するかもしれない。

 ソフト隆盛の状況に懐疑的な態度を示しているのは、上述の山崎のほか佐藤康光、行方尚史だ。
 山崎はソフトを使っている若手棋士に対して「尊敬する気持ちは消えましたね」と言い切っているし、行方はタイトル戦の中継でソフトによる評価値が出ることに「はっきり言って不愉快ですね」と言い切る。また佐藤は棋士対ソフトの勝負に関して、勝ち負けばかりが話題になって棋譜の精査が行われていないことに疑義を呈しているのが印象に残った。

 そのようななかで、大学院では哲学を専攻している糸谷哲郎の発言は紋切型におさまらない独自の考えを示していかにも彼らしい。ソフトの活用にはさほど熱心ではないが、あからさまな嫌悪感をあらわすこともしない。
「ソフトが完全に棋士を上回って、棋士の存在価値がなくなることがあるとして、それ自体が危機なのか問題なのかもよくわかりません。それはソフトが進歩するということですし、将棋が究明されることに近づいているわけですから」。

 本書刊行後の二〇一七年、名人位をもつ佐藤天彦が第二期叡王の立場で将棋ソフトのポナンザと対戦して二連敗した。人間とソフトの力関係はいっそうはっきりした感がある。棋士どうしの公式タイトル戦でソフトの予想手や形勢判断、評価値を紹介するネットの中継スタイルもほぼ定着してきた。将棋界は明らかに新しいステージに入ったといえるだろう。

 将棋の歴史は長い。ルーツはインドのチャトランガというゲームで、日本に伝来した時期は諸説あるものの、平安時代には将棋が行われていたといわれている。現行と同じルールになったのは五百年前。将棋のプロ制度が始まったのは江戸時代である。

 そうした悠久の歴史と伝統をふまえて精進を重ねてきた棋士たちが強いプライドと矜持をもつのは当然のことだろう。将棋に関してはアマチュアである人々が開発した将棋ソフトに敗北したり、自分の手を評価されたりすることに抵抗や反発を感じるとしてもあながち時代遅れと一蹴するわけにもいかない。

 本書が描きだす棋士たちのさまざまな感情や態度の表出のしかたには、なるほどクールなコンピュータにはありえない葛藤がにじみ出ているように思われる。そのような精神のありようを人間らしさと名付けてもいいのではないか。人間にとって感情の伴わない理性の発露などありえないのだから。

 将来のことは断言できないけれど、将棋ソフトが今後どれだけ進化しようとも、私はやはり人間の指す将棋を見守りつづけることになるような気がする。
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by syunpo | 2018-12-15 10:16 | 将棋 | Comments(0)

社会学者の回答芸〜『また身の下相談にお答えします』

●上野千鶴子著『また身の下相談にお答えします』/朝日新聞出版/2017年9月発行

b0072887_12211389.jpg 新聞にはたいてい人生相談のコーナーが常設されているが、個人的には数多いる回答者のなかで上野千鶴子がいちばん面白いのではないかと思う。本書は朝日新聞に掲載中の〈悩みのるつぼ〉の上野回答分を書籍化した第二弾である。とにかく切れ味鋭い。同時に苦労を重ねてきたであろう相談者、社会の不条理に翻弄されている相談者らには暖かい慰労や激励の言葉を贈る。当然のことながら、回答の内容が社会学的知見の披瀝にもなっているのだ。

 古臭いジェンダー差別が伝統となっている国立大学体育会に所属する女子学生の悩み。マッチョな部活の体質を変えたいけれど……という相談には「武闘派だってムダな闘いはしません」と言い、壁にぶつかって自爆するより、独立して新しい女子サークルを立ち上げることを提案するのはすぐれて現実的なアドバイスだろう。

 女装が好きな息子への対処のしかたを相談する五十代の母。相談者に対して、女装趣味を知ったのは何故なのかを最初に問うところが秀逸。
「あなたが息子の部屋に無断で入ってクローゼットを開けたせい? そちらの方が問題ですよっ!」。家族崩壊が起きるとしたら、息子さんの趣味によるものではなく、母親が大学生の息子のプライバシーにずけずけ立ち入る配慮のなさによって、でしょうと言い切るのには感心した。

 保健室に入り浸るやっかいな子に関する教師からの相談。身体の不調を文字どおり受け取ることの愚を指摘して教師を叱咤したうえで、話を「聴いてあげる」ことを助言する。当たり前といえば当たり前の話だが、カウンセリングの基本に沿った回答といえようか。

 日々ボランティア活動に勤しみながらも認知症の心配をする七十一歳の女性。それに対する回答も振るっている。認知症高齢者とは「過去と未来がなくなって現在だけに生きる」存在であり、「死を思わずに毎日を暮らせるのは、人生の最期の日々に神が与えた恵」とする見解を紹介する。そのうえで「脱社会化の過程」としての認知症に罹っても「もともと自分にないものが出てきたりはしないでしょう」と述べ、「笑顔でボランティアをしながら周囲に感謝を絶やさないあなたは、きっとすてきなぼけバアサンにおなりでしょう。どうぞ安心してボケてくださいませ」とまとめる。けっして嫌味でも皮肉でもない。

 上野は〈あとがき〉でみずからの立ち位置について語っている。

……身の上相談回答者とは、人生の酸いも甘いもかみわけた達人、ということになっています。……(中略)……わたしのように「戸籍のきれいな」おひとりさまで、出産・育児の経験もなく、看取る夫も育てる孫もいない者が、身の上相談の回答を務めるのはおこがましい、でしょうか。(p274)

 このように問いかけた後に、社会学者としての矜持のようなものを淡々と述べて「ここでの回答は、まじめな質問にまじめに答えるというより、それ自体が回答芸というべきパフォーマンスを求められるものだからこそ、わたしにも回答者が務まっているのでしょう」と述懐する。
 そうなのだ。これは何よりも上野千鶴子という社会学者の回答芸をたのしむ本なのである。
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by syunpo | 2018-12-14 12:23 | 社会学 | Comments(0)

愛を説くことと戦うこと〜『キリスト教と戦争』

●石川明人著『キリスト教と戦争 「愛と平和」を説きつつ戦う論理』/中央公論新社/2016年1月発行

b0072887_191048.jpg キリスト教は愛と平和を説く宗教だと一般には認識されている。旧約聖書にはモーセの十戒のなかに「殺してはならない」との文言があるし、新約聖書のルカによる福音書では「右の頬を打たれたら左の頬をも向けよ」と記されている。

 けれども歴史を振り返ればキリスト教徒たちはそれらのことばに反して多くの戦争を行なってきた。宗教戦争と呼ばれるもののなかにはキリスト教が関与しているものも多くある。

 いったい彼らのなかで信仰と戦争とはいかなる関係にあるのか。愛と平和をうたうキリスト教の信者たちはどのような論法で戦争を正当化してきたのだろうか。本書ではその問題を検証する。著者の石川明人はキリスト教の信仰をもつ宗教学者。

 そもそも聖書には、平和と戦争をめぐって相反する記述があちこちに散らばっている。平和の大切さを説く一方で、信仰そのものを軍事になぞらえたような表現もまた頻出するのだ。

……聖書という書物がやっかいなのは、著者も、書かれた時代も、背景も、目的も、それぞれ異なる実にさまざまな文書の寄せ集めによって一冊になっているものであるため、自分の主張したいことを正当化できる一文を抜き出してきて、聖書の権威によって自説を補強することが簡単にできてしまう点である。聖書は、戦争を否定するときにも使えるが、戦争を正当化するときにも利用できる。(p80)

 ローマ・カトリック教会は武力行使に関して公式的にどのような見解を示しているだろうか。一九六五年の第二バチカン公会議で採択した『現代世界憲章』のなかで、戦争と平和の問題に言及している箇所をみてみよう。

 戦争の危険が存在し、しかも十分な力と権限を持つ国際的権力が存在しない間は、平和的解決のあらゆる手段を講じたうえであれば、政府に対して正当防衛権を拒否することはできないであろう。国家の元首ならびに国政の責任に参与する者は自分に託された国民の安全を守り、この重大事項を慎重に取り扱う義務がある。(p26)

 こうした認識にたって正当防衛を基本とする武力行使を許される条件としていくつかの項目をあげているのだが、ローマ・カトリック教会が説く平和論は、全体的に教義との関連性が不明な点が多く、「これまで倫理学や政治学などの分野で議論されてきた、いわゆる『正戦論』に沿ったもの」だという。

 宗教改革を牽引することになったマルチン・ルターは、戦争を全否定することはなく、むしろ時には「大きな不幸を防ぐための小さな不幸」として、人間社会の秩序を維持するために神の命じたわざであると考えた。その限りでやはり戦争を肯定している。

 時代を遡って中世のキリスト教文化と軍事についてもきわめて親和性の高いことを本書では明らかにしている。修道院と軍事との関係について考察したキャサリン・アレン・スミスによれば、中世のキリスト教世界では、修道士の活動と世俗の戦士の活動とがパラレルに捉えられる傾向が強く、キリスト教の活動や組織は、しばしば軍事用語や軍事的比喩で説明されたという。

 中世盛期の修道士たちにとって「戦争は単なるこの世の悪ではなく、自己認識へいたる道であり、キリストにならうための方法」だった。

 そのような歴史を考えれば、現代の軍隊に「祈り」を専門とする要員を有していることは当然かもしれない。そうした宗教専門の要員を従軍チャプレンという。アメリカ軍では兵科としてのチャプレン科は特殊兵科に位置づけられていて、チャプレンにも士官の階級が与えられている。

 兵士の内面を強化し支えるために、訓練や戦闘の場で広い意味での宗教的支援が行われることは、古代から現在までほぼ共通している。その文脈でキリスト教が果たしてきた役割もまたけっして小さくないだろう。

 もちろんキリスト教徒のなかには、昔も今も平和主義を唱えた人びとも少なからず存在する。
「キリスト教徒は、それぞれの時代状況のなかで葛藤し、人を殺したり、仲間を殺されたりしながら、戦争と平和の問題を考えてきた」。その葛藤からはある程度人間に普遍的な傾向を見出すこともできると著者はいう。

 現代社会ではとくに信者が暮らす国家社会のあり方に大きく依存しているともいえるだろう。実際、現代日本のキリスト教徒たちはたびたび日本国憲法を引用して平和を訴えている。



 私自身は特定の宗教を信仰する人間ではない。本書を読んだかぎりでは、限定付きとはいえ戦争を肯定するキリスト教徒たちの主張に全面的に賛同できたわけでもない。それでも自分とは異なった思考様式をもつ他者の考え方を歴史をとおして知ることは意義のあることだろう。本書は初学者にも易しい記述で中公新書らしい一冊といえよう。
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by syunpo | 2018-12-13 19:02 | 宗教 | Comments(0)

知的好奇心をくすぐる愉しい写真集〜『世界の美しい博物館』

●パイ インターナショナル編著『世界の美しい博物館』/パイ インターナショナル/2018年7月発行

b0072887_19224668.jpg ギリシャ神話の主神ゼウスの娘で芸術と学問の九つの分野を司る女神、ミューズ。ミュージアムとはいうまでもなくその女神の名を語源としている。文化的な生き物である人間は、世界各地にミュージアム=博物館を作りだしてきた。

 コンセプトに見合ったアーティスティックな外観を誇るもの。岩山を削って建設された教会や修道院をそのまま博物館として公開しているもの。博物館とは、展示物のみならず立地条件や周囲の環境など諸々の要素すべてを含めて博物的な知的刺激をもたらしてくれる空間とでもいえばいいだろうか。

 本書は、パイインターナショナルの〈世界の写真〉シリーズの一冊。大英博物館のような定番スポットから福井県立恐竜博物館のようなマニアックなミュージアムまで、文字どおり世界中の美しい博物館一〇六件を収録している。

 一八世紀のヨーロッパ最大の厩舎をそのまま博物館にした「生きた馬の博物館」(フランス・シャンティ)。

 初航海で氷山に衝突し沈没したタイタニック号にちなんだ「タイタニック・ベルファスト」(イギリス・ベルファスト)。

 東経8度に位置するスイス、イタリア、サルデーニャ島、ニジェール、カメルーン、南極などの気候を体感できる「東経8度ブレーマーハーフェン気候館」(ドイツ・ブレーマーハーフェン)。

 標高二二七五メートルのクロンブラッツの山頂に建つ「メスナー山岳博物館」(イタリア・マレッペ)。

 地球の生物多様性に大きな影響をもたらすパナマの動植物などを展示している「生物多様性博物館」(パナマ・パナマ)。

 奇岩地帯として知られるカッパドキアのギョレメ国立公園内にある「ギョレメ野外博物館」(トルコ・ギョレメ)。

……等々ユニークな博物館も数多くピックアップされている。A5版変型の可愛らしいサイズで愉しい写真集だ。
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by syunpo | 2018-12-09 19:26 | 文化全般 | Comments(0)

「肯定する革命」へ〜『現代社会はどこに向かうか』

●見田宗介著『現代社会はどこに向かうか ──高原の見晴らしを切り開くこと』/岩波書店/2018年6月発行

b0072887_123204.jpg これからの人間社会がどこに向かうかを考えるとき、まずは人類の足跡を振り返る、その歴史を踏まえて未来を構想するのが常道だろう。人類史を顧みる場合には様々な時代区分のしかたがあるが、本書ではカール・ヤスパースを援用する。

 ヤスパースによればまず「軸の時代」があった。ユーラシア大陸の東西に出現した貨幣経済と、これを基とする都市社会の勃興がその時代の大きな特徴である。それまでの共同体の外部の世界、〈無限〉に開かれた世界の中に初めて投げ出された人びとの恐怖と不安と開放感の時代。「軸の時代」とは、近代に至る力線の起動する時代であったともいえる。それは二〇世紀後半の情報化・消費化社会において、完成された最後のかたちを実現する。

 しかし近代という原理は、世界を覆ったグローバリゼーションによって、初めて環境と資源の両面において〈有限〉に直面することになった。この第二の巨大な曲がり角に立つ現代社会は、どのような方向に向かうのだろうか。本書ではこの問いに対して正面から応答しようとする。

 宇宙は無限かもしれないけれども、人間が生きることのできる空間も時間も有限である。「軸の時代」の大胆な思考の冒険者たちが、世界の「無限」という真実にたじろぐことなく立ち向かって次の局面の思想とシステムを構築していったことと同じに、今人間はもういちど世界の「有限」という真実にたじろぐことなく立ち向かい、新しい局面を生きる思想とシステムを構築してゆかねばならない。(p16)

「新しい局面を生きる思想」を構想するにあたって見田が最初に参照するのは、NHK放送文化研究所が一九七三年から五年毎に行っている「日本人の意識」調査の結果である。そこから見田が読み取った青年たちの精神の変化はざっくりいうと三つある。
「男女の性別役割分担を基本とする近代家父長制家族の解体」「生活満足度の増大と結社闘争性の鎮静」「魔術的なるものの再生」……の三つである。

 見田はこの傾向を概観した後、一九八一年に開始された「ヨーロッパ価値観調査」とその拡大展開である「世界価値観調査」の分析に入る。そこでは日本の若年層と同様の傾向が見られることを確認し、さらに諸外国の若者の幸福観を読み取っていく。

 多くの先進諸国において共通している価値は「寛容と他者の尊重」であり、「仕事にはげむ」「決断力・ねばり強さ」「利己的でないこと」などの価値も重んじられるようになった。「仕事」に関する意識が、「かせぐための仕事」から「社会的な〈生きがい〉としての仕事」へと変化していることを見田は指摘する。

 それを踏まえて、フランスで二〇一〇年に行われた「幸福観調査」の回答を引用しているのだが、これはある意味で興味深い内容である。全体的な幸福度について訊いた後、その理由について自由に記入してもらったもので、そこでは家族や恋人との団欒や旅行、勉学などで幸福を感じている様子が淡々と綴られているのだ。「単純な至福」のありふれた実例が並んでいて逆に圧倒されてしまったと、とでも言えばいいか。

 何はともあれ、そのような若年層の意識の変化をとおして、見田は壮大な人類史の分岐点における幸福感の転回を見出す。これ以上の経済成長のない社会とは、停滞した退屈な社会ではないか。その問いに対して見田は答える。「欲望と感受性の抽象化=抽象的に無限化してゆく価値基準の転回」であると。これが本書の認識の核心を成す。

 経済競争の強迫から解放された人間は、アートと文学と学術の限りなく自由な展開を楽しむだろう。歌とデザインとスポーツと冒険とゲームを楽しむだろう。知らない世界やよく知っている世界への旅を楽しむだろう。友情を楽しむだろう。恋愛と再生産の日々新鮮な感動を享受するだろう。子どもたちとの交歓を楽しむだろう。動物たちや植物たちとの交感を楽しむだろう。太陽や風や海との交感を楽しむだろう。(p135)

 それに付け加えて、二〇世紀の真剣な試行錯誤の成行の根底にあるものとして、見田は「否定主義」「全体主義」「手段主義」を挙げている。
「否定主義」とはとりあえず体制を打倒するという否定から出発する行動様式である。「全体主義」は理想の実現のために特定の組織に権力を集中するイデオロギーである。「手段主義」とは未来にある目的のために現在生きている一回限りの生を手段化するという感覚である。

 当然ながら、新しい世界を創造する時のわれわれの実践的な公準は、その逆をいくものと考えられる。すなわち「肯定的であること」「多様であること」「現在を楽しむ、ということ」。「肯定する革命」とはそのような公準を踏まえた概念にほかならない。

 それにしても、と思わないではない。「転回の基軸となるのは、幸福感受性の奪還である」という認識にたって成される「肯定する革命」という概念はいささか観念論に過ぎるのではないか。しかも上に引用した幸福的な楽しみの列挙からは生産活動がすっぽり抜け落ちている。人びとがアートやスポーツや自然との交感を楽しむあいだ、誰が生産活動に従事しているのだろうか。

 欧米の先進国はともかく今の日本ではあらためて貧困が社会問題化している。経済成長は一旦は「完了」し、高原状態に達したといえるかもしれないが、その後、そこから後退したと見るべきではないか。恵まれた人間関係も娯楽も学習もすべては一定レベルの物質的充足を基盤としている。脱物質というスローガンは何よりも物質の充足を前提しているのだ。
 ついでにいえば、人間は未来に期待がもてないとき、現状に一定の満足感を示すことは多くの社会学者が指摘していることである。

 人類史の長い射程で考えるならば「幸福感受性の奪還」「肯定する革命」は鍵言葉になりうるかもしれないけれども、個々人の一度きりの人生をそのような雄大な人類史のなかで捉えることに「イエス」と答えられる人はどれほどいるだろう。本書が描きだす未来社会は今地球上に住まう多くの人間にとっては机上の構想にすぎないといえば言い過ぎだろうか。
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by syunpo | 2018-12-05 12:33 | 社会学 | Comments(0)

空白の時間に遊ぶ〜『俳句の誕生』

●長谷川櫂著『俳句の誕生』/筑摩書房/2018年3月発行

b0072887_1993925.jpg 俳諧連歌にはいろいろな形式があるが、江戸時代に流行したのは歌仙である。五・七・五の長句と七・七の短句を連衆と呼ばれる参加者が交互に三十六句詠み連ねるもの。

 歌仙では一句ごとに描かれる場面が変わる。同時に句を詠む主体も次々に変わっていく。主体の転換こそが歌仙を進めていく原動力となる。言い換えれば自分ではない他者になって句を詠むことが行なわれる。俳諧の「俳」の文字は白川静によると「二人並んで戯れ演じること」を意味する。それは「ある人が別の誰かに成り代わって演技」することにほかならない。「俳優」と「俳句」に共通して「俳」の字が使われているのは偶然ではないのだ。

 では歌仙の発句が独立して俳句が誕生したとき、主体の転換はどうなったのか。結論だけをいえば一句のなかでそれは実現されたというのが本書の認識である。

 一句の中での主体の転換は「切れ」によってもたらされる。芭蕉の有名な句「古池や蛙飛び込む水の音」では「古池や」で切れが生じ、そのあとに間が広がる。この空白の時間のうちに「現実の芭蕉」から「心の世界の芭蕉」へと主体の転換が起こった、というのが長谷川の読解である。

 こうした主体の転換こそは、柿本人麻呂の時代から日本の詩歌で実践されてきた重要な特徴といえる。詩歌を作るとは「詩歌の作者が作者自身を離れて詩歌の主体になりきること」。他者を宿すには役者は空の器でなければならない。我を忘れてぼーっとする。空白の時間に遊ぶとはそのような意味である。それは言葉以前の世界の消息を伝えようと試みることでもある。

 ところで俳句の創始者・松尾芭蕉が生きたのは古典主義の時代だった。江戸の太平の時代が訪れたとき、内乱で滅んだ王朝と中世の古典文化復興の機運が沸き起こる。文学の世界でそれに取り組んだのが芭蕉である。すなわち、芭蕉は俳諧と発句という江戸時代の新しい文学の器に古典文学を蘇らせようとした。先の文脈に即して言えば、俳句のなかで「空白の時間に遊ぶ」ことをやろうとしたわけである。

 ところが江戸時代の半ば以降、家斉の贅沢三昧な治世の下で貨幣経済が農村にも浸透していく。社会の大衆化がすすみ、大衆文化が花開いた。俳句人口も膨れ上がり、当然ながら古典文学を知らなくても作れて読める俳句が求められるようになる。そのニーズに応えたのが小林一茶である。一茶は古典など引用せず、日常のふつうの言葉で誰でもわかる俳句を作った。

 そのとき近代が始まったと長谷川はいう。なぜなら大衆化こそが近代をもたらしたものだから。
政治に参画する主権者が特権階級から市民階級にまで拡大したこと、政治の大衆化をもって政治の近代化というならば、大衆化こそが近代化というのが長谷川の見解である。その意味では、一茶の俳句は芭蕉や蕪村の古典主義俳句を脱してすでに近代俳句だったということになる。

 そうなると正岡子規に与えられてきた近代俳句の創始者としての看板はおろさねばならなくなる。が、単なる中継者の地位に下落するわけでもない。子規は「写生」という近代俳句にふさわしい方法を提起した。そのことを長谷川は評価する。

 それは「目の前にあるものを言葉にしさえすれば誰でも俳句ができるという、近代大衆俳句が待ち望んでいた俳句の方法」だった。子規は近代大衆社会の新しいメディアである新聞を舞台に読者大衆に写生俳句を広めていった。子規の写生は近代大衆俳句の立て看板になったのである。

 ただし子規の写生は「詩歌の源泉である心を遊ばせること」を否定するようなものだった。言葉の想像力を視野に入れないという重大な欠陥を抱えていたのである。

 子規の弟子・高浜虚子は写生をさらに先に進めて「客観写生」を唱えた。それは長谷川によると、想像力の働きを無視するという写生の欠陥をさらに際立たせる方法であった。それに対して批判が起きると「花鳥諷詠」を提唱する。これは事実上「客観写生」を否定するものである。

 その後、加藤楸邨、飯田龍太の二人にいたって、俳句はふたたび言葉の想像力を回復し、古代以来の詩歌の大道に立ち返った。

 ……以上が本書によって描き出される俳句の大まかな流れである。このような俳句史が研究者のあいだでどの程度の支持を得ているのか、私はよく知らない。率直にいって本書を読んだかぎりではいくつか疑問も残った。芭蕉の句「古池や……」に関する解説はやや大仰な感じがするし、連句とシュルレアリスムとの共通性に言及するくだりも面白いといえば面白いが、やはり少々の無理を感じないではない。

 一茶論のくだりで大衆化すなわち近代化とする大雑把な用語法にも違和感は拭い難いが、とはいえ一茶の句が親しみやすい庶民性をもっていることも確かだろう。俳句に限らず映画でも美術でもそれを味わうためには歴史的文脈をある程度知悉しておくことは必要だが、作品のハイコンテクスト性が強ければ強いほど、そのジャンルはより閉鎖的になることも否めない。その意味では一茶が俳句の歴史に刻んだ足跡は貴重だと思う。あらためて一茶の句集を手にとってみたくなった。
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by syunpo | 2018-12-03 19:10 | 文学(詩・詩論) | Comments(0)