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懐疑主義から離脱しよう〜『「学歴エリート」は暴走する』

●安冨歩著『「学歴エリート」は暴走する 「東大話法」が蝕む日本人の魂』/講談社/2013年6月発行

b0072887_18421976.jpg 本書は安冨歩による「東大話法」研究の第四作目にあたる本である。東大話法とは安富が命名したもので、現代社会を支配する学歴エリートたちが得意とする話法。それは欺瞞と無責任を旨とする。

「自分の信念ではなく、自分の立場に合わせた思考を採用する」
「自分の立場の都合のよいように相手の話を解釈する」
「都合の悪いことは無視し、都合のよいことだけ返事する」

……などなど東大話法に関する二十項目のルールはなるほど昨今のニュースに接したときに思い当たるようなことばかり。当然ながら本書では批判の対象となる。

 安富によれば、原発の崩壊も高速道路など社会的インフラの老朽化に伴う事故も、学歴エリートたちが高度経済成長期より積み上げてきた「東大話法社会」の崩壊を象徴する出来事である。

 ところでルールの第一にある「自分の信念ではなく、自分の立場に合わせた思考を採用する」態度を安富は「立場主義」と呼ぶ。ほぼすべての学歴エリートは「立場主義」に毒されているというのが本書の見立てである。

 立場主義には三原則がある。

「役を果たすためには何でもやらなくてはいけない」
「立場を守るためには何をしてもいい」
「人の立場を脅かしてはならない」

……の三つである。しかし考えてみるまでもなく、これは学歴エリートだけでなくすべての日本人にあてはまるものと考えられる。すなわち社会全体に蔓延している日本の社会病理のようなものと認識すべきなのである。

 東大話法や立場主義を象徴する共同体として「原子力ムラ」をみればわかりやすい。電力会社幹部、政治家、専門家、官僚という学歴エリートたちは互いの「立場」を尊重し、「東大話法」で物事をうやむやにしながら原子力行政をつくりあげてきた。そこには個人の見識や良心などが入りこむ余地はない。ムラの人々が外部に向かって何事かを発信するとき、そこに彼らの肉声がこもっていることはほとんどない。

 安富はこのような「東大話法」や「立場主義」を分析するにあたっては、近現代の歴史的視点を導入する。つまり歴史的に形成され継承されてきたものとしてそれらをとらえるのである。

 たとえば、戦時中の陸軍参謀は作戦が失敗しても責任を問われることはなかった。参謀に責任を負わせてしまうと萎縮して自由な発想ができなくなるからという理由である。
 国民の税金を無駄に使ったところで個々の責任を問われず、エリート街道をすすむ高級官僚の源流を、安富はこの参謀に見出している。

 戦前戦中の社会のあり方や人々の発想は、戦後社会にもアナロジカルにあてはまる。それは陸軍参謀から官僚に至る系譜だけではない。
 高度経済成長期に専業主婦が劇的に増えた背景についても、安富は戦時中の「銃後の守り」「靖国の母」が、戦後の経済戦争にもそのまま踏襲されたという見方を採る。

 では、そのような日本社会の病理的なあり方を修正し、あるべきすがたに変えていくにはどうすればいいのだろうか。

 安富は「懐疑主義からの離脱」を提唱する。会社や共同体のなかで革新的な取り組みがはじまった時、「本当に大丈夫なのか」と一見冷静な態度をとる人が多い。しかしそれは方法的懐疑の堕落した姿だと安富はいう。ラッセルを引用して、方法的懐疑主義は成立せずニヒリズムへと堕落してしまうことを指摘しているくだりはやや大味な理路をたどるが、内容は明快である。

 さらにマイケル・ポランニーの「コミットメント」を援用して処方箋を補強する。ここにいうコミットメントとは「『自分』というものすらも忘れて、すべてを『信じる』ことそのものに投げ出してしまう」ことを意味する。この投げ出すところに真の意味での責任が生じるというわけである。立場主義においては守られるのは立場だけであって、それでは人間が真の責任を負うことにはならない。

 戦前からの連続性を指摘する日本社会論は今では珍しくはない。本書の認識はこれと同時期に刊行された白井聡の『永続敗戦論』と相通じるものがあるように思われる。白井の現代史論の核心にあるのは「敗戦の否認」という概念だが、安富の議論はそれと重なり合う部分もある。たとえば「もはや戦後ではない」という有名な官僚の言葉に戦争(敗戦)に対する忌避感を見出している点だ。その言葉の裏側に込められた含意は、第二次世界大戦の敗北は速く忘却したい、できればなかったことにしたい、ということにほかならない。

 むろん日本社会全体に浸透している立場主義や東大話法からの脱却は「言うは易く行うは難し」かもしれない。けれども私たちが罹っている異常事態を自覚し、向かうべき方向を議論することはそれだけでも意義のあることだろう。

 本書に出てくるキーワードのなかでも、とりわけ「立場主義」なる概念はもっと広く参照されてもいいのではないかと思う。地位の変化と同時に発言内容もすっかり変化させてしまうエリートの姿を私たちはこれまで数多目撃してきた。そのような光景に辟易している国民も多いはずである。克服すべき病理的現象を概念化するだけでも、私たちの視界は晴れるだろう。
by syunpo | 2018-12-23 18:45 | 社会全般 | Trackback | Comments(0)

〈予測誤差〉がもたらす刺激〜『快楽上等!』

●上野千鶴子、湯山玲子著『快楽上等! 3・11以降を生きる』/幻冬舎/2012年10月発行

b0072887_19115941.jpg 東日本大震災とそれに伴う原発事故は、その前後で私たちの政治意識や言論空間の様相を大きく変えてしまった。上野千鶴子と湯山玲子の対談記録である本書もまたサブタイトルにあるように「三・一一」が一つのキーポイントになったことを隠さずに始められる。

 様々なことが論じられているが、最も印象に残ったのは、震災後によく言われるようになった「最強の社会関係資本は地縁と血縁」は本当かを議論するくだり。

 地縁・血縁の強さは個人に恩恵をもたらすが、デメリットもある。上野は「絆」を「縛り合い」と言い換えることもできると指摘している。とくに同調圧力の強い日本の社会ではそのような負の側面を実感することが少なくないだろう。

 基本的に都市生活者というのは、プライバシーのない生活から逃げてきた人たちである。密接な近隣関係を持つ生活を好まない。保守的な人間が「昔はよかった」「近隣との絆のある生活を」と言ったところで、その種の古き良き時代の共同体的な生活に戻れるはずもない。

 そこで浮上するのは上野のいう「選択縁」である。自分が選びとった仲間との交流には地縁血縁にはない魅力があるだろう。上野が、選択縁による死の看取りまでを見通した実例を挙げていて、湯山もそれに共感を示している。
 死んでいく人に何をしてあげても見返りは期待できない。それでも「お世話したい」という無償の気持ちを持った人たちがいるという事例は、なるほどひとつの可能性を感じさせるものだ。

 もちろん選択縁の構築にはそれなりの能力が求められる。選択縁が貧しいからこそ最後は地縁血縁に頼らざるをえないという人は少なくないはずだ。が、それを差し引いても、これまであまりに強固だった地縁血縁のイデオロギーを相対化するという意味では選択縁が意義深いものであることは確かだろう。

 医学用語の「予測誤差」もキーワードの一つになっていて、自己完結的な行動よりも他者との関わりを繰り返し推奨している点も印象的である。予測誤差の快楽を体験するためには秘境探検に出かける必要はなく、広く他者との交流を深めるべしというわけだ。
 もっともよくよく考えればこれは言葉が物珍しいだけで、話の内容は至極当たり前のことを言っているだけのようにも感じられた。

 随所でおじさん社会のダメっぷりが指摘されていて、とりわけ女性読者には痛快に感じられる対談本かもしれない。
by syunpo | 2018-12-20 19:19 | 社会全般 | Trackback | Comments(0)

そこに物語が生まれる〜『未完成』

●中川右介著『未完成 大作曲家たちの「謎」を読み解く』/角川マガジンズ/2013年1月発行

b0072887_2120068.jpg クラシック音楽史上には「未完成」ながら名曲と呼ばれる楽曲の系譜が存在している。シューベルトの未完成交響曲。ブルックナーの交響曲第九番。マーラーの交響曲第十番。ショスタコーヴィチのオペラ《オランゴ》。プッチーニのオペラ《トゥーランドット》。モーツァルトのレクイエム。

 本書はそれら六曲の未完成作品に関する歴史的考証を軽快な筆致で描き出し、音楽史の一端に眠っているドラマを浮き彫りにしていく。必要以上に高踏的にならず、下世話な事情にも遠慮なく分け入っていくのが良くも悪しくも著者のスタイルといえばいいだろうか。

 未完の理由は大きく分類すれば二つ。ひとつは作曲家の死による絶筆。もうひとつは行き詰まったための未完。しかしその事情や背景、未完成の曲の体裁を整えて演奏するに至る経緯などを細かにみていくと、様々な人間たちによる人間模様があぶりだされてくる。──音楽家の苦悩のみならず、劇場や楽譜出版社の営業戦略、初演や補作に関わった演奏家・音楽家たちの思い、遺族たちの打算や思惑、聴衆たちの〈物語〉〈伝説〉信仰……などなどの要素が複雑に絡み合う人間ドラマが。

 シューベルトやブルックナー、マーラーの未完成作品については、俗説やフィクションを含めてすでに多くの論考やそれらを材に採った二次創作が存在している。私的にはショスタコーヴィチ未完のオペラ《オランゴ》をめぐる一連の挿話がもっとも興味深く感じられた。

《オランゴ》は二〇世紀のソ連によって「抹殺された作品」であった。オランゴとはオランウータンからの造語で、このオペラの主人公は半人半猿として生まれた男である。台本を書いたのはアレクセイ・トルストイとアレクサンドル・スタルチャコフ。ボリショイ劇場からの委嘱であったが、何らかの事情でこの企画は潰え、そして忘れられた。

 ショスタコーヴィチには完成しているのに政治的な理由によって演奏されない曲があった。交響曲第四番である。その当時スターリンがショスタコーヴィチに対して懐疑的な態度をとっていたため、演奏することが躊躇われたらしい。ただし演奏されない幻の交響曲があることは誰もが知っていた。しかし《オランゴ》は誰からも忘れられ、ショスタコーヴィチ自身の書き残した文献にもまったく登場しない。本当にヤバい作品なら燃やされたはずだが、楽譜はそのまま生き続けた。

 そして二〇〇四年、グリンカ中央博物館の主席研究員オリガ・ディゴンスカヤによって楽譜が発見された。その後、研究者による補筆作業がなされ、二〇一一年に「プロローグ」が初演され、二〇一二年には晴れてCDとしてリリースされた。

 発見した研究員によると、楽譜を捨てるように指示された家政婦が密かに持ち出したのだという。ショスタコーヴィチと親しかった作曲家レヴォン・アトヴミヤンがショスタコーヴィチ家の家政婦に依頼し、彼が廃棄した楽譜を定期的に届けてもらっていたらしい。アトヴミヤンがどういう目的で楽譜を入手していたのかは不明である。

 そうした曖昧な事実関係ゆえに、中川は《オランゴ》が本当にショスタコーヴィチが書きかけたものかどうか、しっかりした検証が必要と指摘して論考を締めている。

 またブルックナーの交響曲第九番に関する論考もなかなか興味深い。九番は第四楽章の作曲途中でブルックナーが他界した。弔問に訪れた友人や知人が部屋に散らかっていた楽譜を「記念」に持ち帰ってしまったため、ほぼ完成していた第四楽章の楽譜は散逸してしまい「幻の楽章」となったのである。

 その後、散逸した楽譜の回収作業が行われ、研究もすすんだ。一九八四年、ウィリアム・キャラガンが完成版をつくったのを手始めに、その後も複数の研究者が第四楽章の補完楽譜を世に出している。

 それでもブルックナーの九番は演奏会ではアダージョの第三楽章までしか演奏されないケースが多い。その場合、ブルックナーはアダージョでこの世に別れを告げた、という虚構的な物語を伴って演奏される。

 ブルックナーの死によって最初に「未完」となり、楽譜の散逸により二重の「未完」になった第九番は、興行会社とレコード会社と聴衆によって三重の「未完成」となった。(p90)

 作品それ自体を鑑賞すれば事足りるというテクスト主義の立場からすると、未完成の理由や背景などを詮索することは邪道ということになろう。が、「未完なのに、演奏される」事情を知ることはその作曲家が音楽の世界においてどのような存在なのかを理解する上でも不可欠であり、事実を検証した上でそのセンチメンタルな伝説も含めて楽しむ──というのが本書の基本姿勢である。
 ベルリン・フィルの内幕を描いた『カラヤンとフルトヴェングラー』はあまり好きになれなかったけれど、本書は楽しく読むことができた。
by syunpo | 2018-12-19 21:22 | 音楽 | Trackback | Comments(0)

ヒトの手が及ばない大自然のすがた〜『最後の辺境』

●水越武著『最後の辺境 ──極北の森林、アフリカの氷河』/中央公論新社/2017年7月発行

b0072887_10244436.jpg 山岳氷河の聖地ともいえるカラコルムの大氷河。黄河源流の幻の山アムネマチン。アラスカ・ブルックス山脈の森林限界。世界最大の水量を誇る南米イグアスの滝。アフリカの赤道直下にある高山氷河ルウェンゾリ。北アメリカ西部沿岸に広がる巨木の森。地上最後の秘境といわれるコンゴ川流域の熱帯雨林。数多くの固有種が生息する世界最古の湖バイカル湖……。

 人間の手が及ばない辺境の大自然の様相をレンズで捉え続けた半世紀。本書は自然写真でその名を知られる水越武の写真集である。一九七九年から二〇〇三年までの作品を収めたカラー版中公新書の一冊で、手軽に壮大なスケールの美しい写真をたのしめる。撮影の苦労話をまじえた随想的な文章も地球の大自然を愛でる写真家の知的好奇心や冒険心が感じられて味わい深い。

 もっとも昨今は気候変動や環境汚染によって自然の「最後の砦」にも悪影響が及んでいることに水越は危機感を隠さない。先祖から受け継いだ豊かな地球のすがたをできるだけ毀損せずに次の世代に伝えていくためには、現代人の営みそのものにも修正を加えていく必要があるだろう。そんなことも考えさせられる写真集だ。
by syunpo | 2018-12-16 10:25 | 写真 | Trackback | Comments(0)

人間にしか指せない手はあるか〜『不屈の棋士』

●大川慎太郎著『不屈の棋士』/講談社/2016年7月発行

b0072887_1015852.jpg 将棋の世界は今世紀に入って人工知能の進化で様相が劇的に変化した。人間を負かすソフトが台頭してきたからだ。二〇一三年に行われた第二回電王戦で現役棋士が初めてソフトに敗北したのだ。その二年後には、情報処理学会が「トップ棋士との対戦は実現していないが、事実上ソフトは棋士に追い付いた」との声明を出した。

 棋士の存在意義は端的に「将棋が強い」ことである。それでは人間よりもソフトの方が強いとなった時、人間がプロの看板を掲げたまま将棋を指し続けることはできるのだろうか。棋士という職業はこれからも存在し続けることができるのだろうか。

 本書は現役棋士十一人にインタビューした記録。ソフトを積極的に活用して悪びれることなくソフトが叩き出すレーティングを話題にする若手棋士。ソフトには背を向けひたすら自分の頭で考えることを重視する中堅・ベテラン。棋界の将来に危機感を抱いている点では共通するものの、自らが目指すべき方向や研究姿勢には相違点も浮き彫りになる。とくに将棋ファンでなくとも楽しめる内容だろう。

 羽生善治の談話はあくまで慎重で、使用しているソフトも明かさない。が、ところどころで話が具体的になるのは興味深い。たとえばソフトの進化があまりに進むと「二日制はやりづらくなるでしょう」と述べている点などだ。封じ手時点でかなり進んだ局面になった時に、ソフトで調べている人にはすでにおおよその結論がわかってしまう。それでは二日目の興味はかなりそがれてしまうというわけだ。

 ソフトの進化に伴って「人間にしか指せない手はあるか」という問題がよく問われるようになった。

 渡辺明は「人間にしか指せない将棋、というものはない」という。対して勝又清和は、必ずしも合理性にとらわれない勝負手をコンピュータは指せないが人間には指せるという。
 またソフト研究に熱心な西尾明が、ソフトには否定的な山崎隆之の名を挙げて「誰が見ても自分の特徴がくっきりと見えるような将棋を指したい」といっているのも印象に残った。

 ソフトの使用にもっとも熱心な一人が千田翔太。千田は良くも悪しくもデジタル的思考が徹底している。棋力向上の内容を説明するときにレーティングの話を最初に持ち出したのがいかにも象徴的だ。ただし「自分はタイトルを獲ることを目標に勉強しているわけではない」とまで言われると年季の入った将棋ファンは反発するかもしれない。

 ソフト隆盛の状況に懐疑的な態度を示しているのは、上述の山崎のほか佐藤康光、行方尚史だ。
 山崎はソフトを使っている若手棋士に対して「尊敬する気持ちは消えましたね」と言い切っているし、行方はタイトル戦の中継でソフトによる評価値が出ることに「はっきり言って不愉快ですね」と言い切る。また佐藤は棋士対ソフトの勝負に関して、勝ち負けばかりが話題になって棋譜の精査が行われていないことに疑義を呈しているのが印象に残った。

 そのようななかで、大学院では哲学を専攻している糸谷哲郎の発言は紋切型におさまらない独自の考えを示していかにも彼らしい。ソフトの活用にはさほど熱心ではないが、あからさまな嫌悪感をあらわすこともしない。
「ソフトが完全に棋士を上回って、棋士の存在価値がなくなることがあるとして、それ自体が危機なのか問題なのかもよくわかりません。それはソフトが進歩するということですし、将棋が究明されることに近づいているわけですから」。

 本書刊行後の二〇一七年、名人位をもつ佐藤天彦が第二期叡王の立場で将棋ソフトのポナンザと対戦して二連敗した。人間とソフトの力関係はいっそうはっきりした感がある。棋士どうしの公式タイトル戦でソフトの予想手や形勢判断、評価値を紹介するネットの中継スタイルもほぼ定着してきた。将棋界は明らかに新しいステージに入ったといえるだろう。

 将棋の歴史は長い。ルーツはインドのチャトランガというゲームで、日本に伝来した時期は諸説あるものの、平安時代には将棋が行われていたといわれている。現行と同じルールになったのは五百年前。将棋のプロ制度が始まったのは江戸時代である。

 そうした悠久の歴史と伝統をふまえて精進を重ねてきた棋士たちが強いプライドと矜持をもつのは当然のことだろう。将棋に関してはアマチュアである人々が開発した将棋ソフトに敗北したり、自分の手を評価されたりすることに抵抗や反発を感じるとしてもあながち時代遅れと一蹴するわけにもいかない。

 本書が描きだす棋士たちのさまざまな感情や態度の表出のしかたには、なるほどクールなコンピュータにはありえない葛藤がにじみ出ているように思われる。そのような精神のありようを人間らしさと名付けてもいいのではないか。人間にとって感情の伴わない理性の発露などありえないのだから。

 将来のことは断言できないけれど、将棋ソフトが今後どれだけ進化しようとも、私はやはり人間の指す将棋を見守りつづけることになるような気がする。
by syunpo | 2018-12-15 10:16 | 将棋 | Trackback | Comments(0)

社会学者の回答芸〜『また身の下相談にお答えします』

●上野千鶴子著『また身の下相談にお答えします』/朝日新聞出版/2017年9月発行

b0072887_12211389.jpg 新聞にはたいてい人生相談のコーナーが常設されているが、個人的には数多いる回答者のなかで上野千鶴子がいちばん面白いのではないかと思う。本書は朝日新聞に掲載中の〈悩みのるつぼ〉の上野回答分を書籍化した第二弾である。とにかく切れ味鋭い。同時に苦労を重ねてきたであろう相談者、社会の不条理に翻弄されている相談者らには暖かい慰労や激励の言葉を贈る。当然のことながら、回答の内容が社会学的知見の披瀝にもなっているのだ。

 古臭いジェンダー差別が伝統となっている国立大学体育会に所属する女子学生の悩み。マッチョな部活の体質を変えたいけれど……という相談には「武闘派だってムダな闘いはしません」と言い、壁にぶつかって自爆するより、独立して新しい女子サークルを立ち上げることを提案するのはすぐれて現実的なアドバイスだろう。

 女装が好きな息子への対処のしかたを相談する五十代の母。相談者に対して、女装趣味を知ったのは何故なのかを最初に問うところが秀逸。
「あなたが息子の部屋に無断で入ってクローゼットを開けたせい? そちらの方が問題ですよっ!」。家族崩壊が起きるとしたら、息子さんの趣味によるものではなく、母親が大学生の息子のプライバシーにずけずけ立ち入る配慮のなさによって、でしょうと言い切るのには感心した。

 保健室に入り浸るやっかいな子に関する教師からの相談。身体の不調を文字どおり受け取ることの愚を指摘して教師を叱咤したうえで、話を「聴いてあげる」ことを助言する。当たり前といえば当たり前の話だが、カウンセリングの基本に沿った回答といえようか。

 日々ボランティア活動に勤しみながらも認知症の心配をする七十一歳の女性。それに対する回答も振るっている。認知症高齢者とは「過去と未来がなくなって現在だけに生きる」存在であり、「死を思わずに毎日を暮らせるのは、人生の最期の日々に神が与えた恵」とする見解を紹介する。そのうえで「脱社会化の過程」としての認知症に罹っても「もともと自分にないものが出てきたりはしないでしょう」と述べ、「笑顔でボランティアをしながら周囲に感謝を絶やさないあなたは、きっとすてきなぼけバアサンにおなりでしょう。どうぞ安心してボケてくださいませ」とまとめる。けっして嫌味でも皮肉でもない。

 上野は〈あとがき〉でみずからの立ち位置について語っている。

……身の上相談回答者とは、人生の酸いも甘いもかみわけた達人、ということになっています。……(中略)……わたしのように「戸籍のきれいな」おひとりさまで、出産・育児の経験もなく、看取る夫も育てる孫もいない者が、身の上相談の回答を務めるのはおこがましい、でしょうか。(p274)

 このように問いかけた後に、社会学者としての矜持のようなものを淡々と述べて「ここでの回答は、まじめな質問にまじめに答えるというより、それ自体が回答芸というべきパフォーマンスを求められるものだからこそ、わたしにも回答者が務まっているのでしょう」と述懐する。
 そうなのだ。これは何よりも上野千鶴子という社会学者の回答芸をたのしむ本なのである。
by syunpo | 2018-12-14 12:23 | 社会学 | Trackback | Comments(0)

愛を説くことと戦うこと〜『キリスト教と戦争』

●石川明人著『キリスト教と戦争 「愛と平和」を説きつつ戦う論理』/中央公論新社/2016年1月発行

b0072887_191048.jpg キリスト教は愛と平和を説く宗教だと一般には認識されている。旧約聖書にはモーセの十戒のなかに「殺してはならない」との文言があるし、新約聖書のルカによる福音書では「右の頬を打たれたら左の頬をも向けよ」と記されている。

 けれども歴史を振り返ればキリスト教徒たちはそれらのことばに反して多くの戦争を行なってきた。宗教戦争と呼ばれるもののなかにはキリスト教が関与しているものも多くある。

 いったい彼らのなかで信仰と戦争とはいかなる関係にあるのか。愛と平和をうたうキリスト教の信者たちはどのような論法で戦争を正当化してきたのだろうか。本書ではその問題を検証する。著者の石川明人はキリスト教の信仰をもつ宗教学者。

 そもそも聖書には、平和と戦争をめぐって相反する記述があちこちに散らばっている。平和の大切さを説く一方で、信仰そのものを軍事になぞらえたような表現もまた頻出するのだ。

……聖書という書物がやっかいなのは、著者も、書かれた時代も、背景も、目的も、それぞれ異なる実にさまざまな文書の寄せ集めによって一冊になっているものであるため、自分の主張したいことを正当化できる一文を抜き出してきて、聖書の権威によって自説を補強することが簡単にできてしまう点である。聖書は、戦争を否定するときにも使えるが、戦争を正当化するときにも利用できる。(p80)

 ローマ・カトリック教会は武力行使に関して公式的にどのような見解を示しているだろうか。一九六五年の第二バチカン公会議で採択した『現代世界憲章』のなかで、戦争と平和の問題に言及している箇所をみてみよう。

 戦争の危険が存在し、しかも十分な力と権限を持つ国際的権力が存在しない間は、平和的解決のあらゆる手段を講じたうえであれば、政府に対して正当防衛権を拒否することはできないであろう。国家の元首ならびに国政の責任に参与する者は自分に託された国民の安全を守り、この重大事項を慎重に取り扱う義務がある。(p26)

 こうした認識にたって正当防衛を基本とする武力行使を許される条件としていくつかの項目をあげているのだが、ローマ・カトリック教会が説く平和論は、全体的に教義との関連性が不明な点が多く、「これまで倫理学や政治学などの分野で議論されてきた、いわゆる『正戦論』に沿ったもの」だという。

 宗教改革を牽引することになったマルチン・ルターは、戦争を全否定することはなく、むしろ時には「大きな不幸を防ぐための小さな不幸」として、人間社会の秩序を維持するために神の命じたわざであると考えた。その限りでやはり戦争を肯定している。

 時代を遡って中世のキリスト教文化と軍事についてもきわめて親和性の高いことを本書では明らかにしている。修道院と軍事との関係について考察したキャサリン・アレン・スミスによれば、中世のキリスト教世界では、修道士の活動と世俗の戦士の活動とがパラレルに捉えられる傾向が強く、キリスト教の活動や組織は、しばしば軍事用語や軍事的比喩で説明されたという。

 中世盛期の修道士たちにとって「戦争は単なるこの世の悪ではなく、自己認識へいたる道であり、キリストにならうための方法」だった。

 そのような歴史を考えれば、現代の軍隊に「祈り」を専門とする要員を有していることは当然かもしれない。そうした宗教専門の要員を従軍チャプレンという。アメリカ軍では兵科としてのチャプレン科は特殊兵科に位置づけられていて、チャプレンにも士官の階級が与えられている。

 兵士の内面を強化し支えるために、訓練や戦闘の場で広い意味での宗教的支援が行われることは、古代から現在までほぼ共通している。その文脈でキリスト教が果たしてきた役割もまたけっして小さくないだろう。

 もちろんキリスト教徒のなかには、昔も今も平和主義を唱えた人びとも少なからず存在する。
「キリスト教徒は、それぞれの時代状況のなかで葛藤し、人を殺したり、仲間を殺されたりしながら、戦争と平和の問題を考えてきた」。その葛藤からはある程度人間に普遍的な傾向を見出すこともできると著者はいう。

 現代社会ではとくに信者が暮らす国家社会のあり方に大きく依存しているともいえるだろう。実際、現代日本のキリスト教徒たちはたびたび日本国憲法を引用して平和を訴えている。



 私自身は特定の宗教を信仰する人間ではない。本書を読んだかぎりでは、限定付きとはいえ戦争を肯定するキリスト教徒たちの主張に全面的に賛同できたわけでもない。それでも自分とは異なった思考様式をもつ他者の考え方を歴史をとおして知ることは意義のあることだろう。本書は初学者にも易しい記述で中公新書らしい一冊といえよう。
by syunpo | 2018-12-13 19:02 | 宗教 | Trackback | Comments(0)

知的好奇心をくすぐる愉しい写真集〜『世界の美しい博物館』

●パイ インターナショナル編著『世界の美しい博物館』/パイ インターナショナル/2018年7月発行

b0072887_19224668.jpg ギリシャ神話の主神ゼウスの娘で芸術と学問の九つの分野を司る女神、ミューズ。ミュージアムとはいうまでもなくその女神の名を語源としている。文化的な生き物である人間は、世界各地にミュージアム=博物館を作りだしてきた。

 コンセプトに見合ったアーティスティックな外観を誇るもの。岩山を削って建設された教会や修道院をそのまま博物館として公開しているもの。博物館とは、展示物のみならず立地条件や周囲の環境など諸々の要素すべてを含めて博物的な知的刺激をもたらしてくれる空間とでもいえばいいだろうか。

 本書は、パイインターナショナルの〈世界の写真〉シリーズの一冊。大英博物館のような定番スポットから福井県立恐竜博物館のようなマニアックなミュージアムまで、文字どおり世界中の美しい博物館一〇六件を収録している。

 一八世紀のヨーロッパ最大の厩舎をそのまま博物館にした「生きた馬の博物館」(フランス・シャンティ)。

 初航海で氷山に衝突し沈没したタイタニック号にちなんだ「タイタニック・ベルファスト」(イギリス・ベルファスト)。

 東経8度に位置するスイス、イタリア、サルデーニャ島、ニジェール、カメルーン、南極などの気候を体感できる「東経8度ブレーマーハーフェン気候館」(ドイツ・ブレーマーハーフェン)。

 標高二二七五メートルのクロンブラッツの山頂に建つ「メスナー山岳博物館」(イタリア・マレッペ)。

 地球の生物多様性に大きな影響をもたらすパナマの動植物などを展示している「生物多様性博物館」(パナマ・パナマ)。

 奇岩地帯として知られるカッパドキアのギョレメ国立公園内にある「ギョレメ野外博物館」(トルコ・ギョレメ)。

……等々ユニークな博物館も数多くピックアップされている。A5版変型の可愛らしいサイズで愉しい写真集だ。
by syunpo | 2018-12-09 19:26 | 文化全般 | Trackback | Comments(0)

「肯定する革命」へ〜『現代社会はどこに向かうか』

●見田宗介著『現代社会はどこに向かうか ──高原の見晴らしを切り開くこと』/岩波書店/2018年6月発行

b0072887_123204.jpg これからの人間社会がどこに向かうかを考えるとき、まずは人類の足跡を振り返る、その歴史を踏まえて未来を構想するのが常道だろう。人類史を顧みる場合には様々な時代区分のしかたがあるが、本書ではカール・ヤスパースを援用する。

 ヤスパースによればまず「軸の時代」があった。ユーラシア大陸の東西に出現した貨幣経済と、これを基とする都市社会の勃興がその時代の大きな特徴である。それまでの共同体の外部の世界、〈無限〉に開かれた世界の中に初めて投げ出された人びとの恐怖と不安と開放感の時代。「軸の時代」とは、近代に至る力線の起動する時代であったともいえる。それは二〇世紀後半の情報化・消費化社会において、完成された最後のかたちを実現する。

 しかし近代という原理は、世界を覆ったグローバリゼーションによって、初めて環境と資源の両面において〈有限〉に直面することになった。この第二の巨大な曲がり角に立つ現代社会は、どのような方向に向かうのだろうか。本書ではこの問いに対して正面から応答しようとする。

 宇宙は無限かもしれないけれども、人間が生きることのできる空間も時間も有限である。「軸の時代」の大胆な思考の冒険者たちが、世界の「無限」という真実にたじろぐことなく立ち向かって次の局面の思想とシステムを構築していったことと同じに、今人間はもういちど世界の「有限」という真実にたじろぐことなく立ち向かい、新しい局面を生きる思想とシステムを構築してゆかねばならない。(p16)

「新しい局面を生きる思想」を構想するにあたって見田が最初に参照するのは、NHK放送文化研究所が一九七三年から五年毎に行っている「日本人の意識」調査の結果である。そこから見田が読み取った青年たちの精神の変化はざっくりいうと三つある。
「男女の性別役割分担を基本とする近代家父長制家族の解体」「生活満足度の増大と結社闘争性の鎮静」「魔術的なるものの再生」……の三つである。

 見田はこの傾向を概観した後、一九八一年に開始された「ヨーロッパ価値観調査」とその拡大展開である「世界価値観調査」の分析に入る。そこでは日本の若年層と同様の傾向が見られることを確認し、さらに諸外国の若者の幸福観を読み取っていく。

 多くの先進諸国において共通している価値は「寛容と他者の尊重」であり、「仕事にはげむ」「決断力・ねばり強さ」「利己的でないこと」などの価値も重んじられるようになった。「仕事」に関する意識が、「かせぐための仕事」から「社会的な〈生きがい〉としての仕事」へと変化していることを見田は指摘する。

 それを踏まえて、フランスで二〇一〇年に行われた「幸福観調査」の回答を引用しているのだが、これはある意味で興味深い内容である。全体的な幸福度について訊いた後、その理由について自由に記入してもらったもので、そこでは家族や恋人との団欒や旅行、勉学などで幸福を感じている様子が淡々と綴られているのだ。「単純な至福」のありふれた実例が並んでいて逆に圧倒されてしまったと、とでも言えばいいか。

 何はともあれ、そのような若年層の意識の変化をとおして、見田は壮大な人類史の分岐点における幸福感の転回を見出す。これ以上の経済成長のない社会とは、停滞した退屈な社会ではないか。その問いに対して見田は答える。「欲望と感受性の抽象化=抽象的に無限化してゆく価値基準の転回」であると。これが本書の認識の核心を成す。

 経済競争の強迫から解放された人間は、アートと文学と学術の限りなく自由な展開を楽しむだろう。歌とデザインとスポーツと冒険とゲームを楽しむだろう。知らない世界やよく知っている世界への旅を楽しむだろう。友情を楽しむだろう。恋愛と再生産の日々新鮮な感動を享受するだろう。子どもたちとの交歓を楽しむだろう。動物たちや植物たちとの交感を楽しむだろう。太陽や風や海との交感を楽しむだろう。(p135)

 それに付け加えて、二〇世紀の真剣な試行錯誤の成行の根底にあるものとして、見田は「否定主義」「全体主義」「手段主義」を挙げている。
「否定主義」とはとりあえず体制を打倒するという否定から出発する行動様式である。「全体主義」は理想の実現のために特定の組織に権力を集中するイデオロギーである。「手段主義」とは未来にある目的のために現在生きている一回限りの生を手段化するという感覚である。

 当然ながら、新しい世界を創造する時のわれわれの実践的な公準は、その逆をいくものと考えられる。すなわち「肯定的であること」「多様であること」「現在を楽しむ、ということ」。「肯定する革命」とはそのような公準を踏まえた概念にほかならない。

 それにしても、と思わないではない。「転回の基軸となるのは、幸福感受性の奪還である」という認識にたって成される「肯定する革命」という概念はいささか観念論に過ぎるのではないか。しかも上に引用した幸福的な楽しみの列挙からは生産活動がすっぽり抜け落ちている。人びとがアートやスポーツや自然との交感を楽しむあいだ、誰が生産活動に従事しているのだろうか。

 欧米の先進国はともかく今の日本ではあらためて貧困が社会問題化している。経済成長は一旦は「完了」し、高原状態に達したといえるかもしれないが、その後、そこから後退したと見るべきではないか。恵まれた人間関係も娯楽も学習もすべては一定レベルの物質的充足を基盤としている。脱物質というスローガンは何よりも物質の充足を前提しているのだ。
 ついでにいえば、人間は未来に期待がもてないとき、現状に一定の満足感を示すことは多くの社会学者が指摘していることである。

 人類史の長い射程で考えるならば「幸福感受性の奪還」「肯定する革命」は鍵言葉になりうるかもしれないけれども、個々人の一度きりの人生をそのような雄大な人類史のなかで捉えることに「イエス」と答えられる人はどれほどいるだろう。本書が描きだす未来社会は今地球上に住まう多くの人間にとっては机上の構想にすぎないといえば言い過ぎだろうか。
by syunpo | 2018-12-05 12:33 | 社会学 | Trackback | Comments(0)

空白の時間に遊ぶ〜『俳句の誕生』

●長谷川櫂著『俳句の誕生』/筑摩書房/2018年3月発行

b0072887_1993925.jpg 俳諧連歌にはいろいろな形式があるが、江戸時代に流行したのは歌仙である。五・七・五の長句と七・七の短句を連衆と呼ばれる参加者が交互に三十六句詠み連ねるもの。

 歌仙では一句ごとに描かれる場面が変わる。同時に句を詠む主体も次々に変わっていく。主体の転換こそが歌仙を進めていく原動力となる。言い換えれば自分ではない他者になって句を詠むことが行なわれる。俳諧の「俳」の文字は白川静によると「二人並んで戯れ演じること」を意味する。それは「ある人が別の誰かに成り代わって演技」することにほかならない。「俳優」と「俳句」に共通して「俳」の字が使われているのは偶然ではないのだ。

 では歌仙の発句が独立して俳句が誕生したとき、主体の転換はどうなったのか。結論だけをいえば一句のなかでそれは実現されたというのが本書の認識である。

 一句の中での主体の転換は「切れ」によってもたらされる。芭蕉の有名な句「古池や蛙飛び込む水の音」では「古池や」で切れが生じ、そのあとに間が広がる。この空白の時間のうちに「現実の芭蕉」から「心の世界の芭蕉」へと主体の転換が起こった、というのが長谷川の読解である。

 こうした主体の転換こそは、柿本人麻呂の時代から日本の詩歌で実践されてきた重要な特徴といえる。詩歌を作るとは「詩歌の作者が作者自身を離れて詩歌の主体になりきること」。他者を宿すには役者は空の器でなければならない。我を忘れてぼーっとする。空白の時間に遊ぶとはそのような意味である。それは言葉以前の世界の消息を伝えようと試みることでもある。

 ところで俳句の創始者・松尾芭蕉が生きたのは古典主義の時代だった。江戸の太平の時代が訪れたとき、内乱で滅んだ王朝と中世の古典文化復興の機運が沸き起こる。文学の世界でそれに取り組んだのが芭蕉である。すなわち、芭蕉は俳諧と発句という江戸時代の新しい文学の器に古典文学を蘇らせようとした。先の文脈に即して言えば、俳句のなかで「空白の時間に遊ぶ」ことをやろうとしたわけである。

 ところが江戸時代の半ば以降、家斉の贅沢三昧な治世の下で貨幣経済が農村にも浸透していく。社会の大衆化がすすみ、大衆文化が花開いた。俳句人口も膨れ上がり、当然ながら古典文学を知らなくても作れて読める俳句が求められるようになる。そのニーズに応えたのが小林一茶である。一茶は古典など引用せず、日常のふつうの言葉で誰でもわかる俳句を作った。

 そのとき近代が始まったと長谷川はいう。なぜなら大衆化こそが近代をもたらしたものだから。
政治に参画する主権者が特権階級から市民階級にまで拡大したこと、政治の大衆化をもって政治の近代化というならば、大衆化こそが近代化というのが長谷川の見解である。その意味では、一茶の俳句は芭蕉や蕪村の古典主義俳句を脱してすでに近代俳句だったということになる。

 そうなると正岡子規に与えられてきた近代俳句の創始者としての看板はおろさねばならなくなる。が、単なる中継者の地位に下落するわけでもない。子規は「写生」という近代俳句にふさわしい方法を提起した。そのことを長谷川は評価する。

 それは「目の前にあるものを言葉にしさえすれば誰でも俳句ができるという、近代大衆俳句が待ち望んでいた俳句の方法」だった。子規は近代大衆社会の新しいメディアである新聞を舞台に読者大衆に写生俳句を広めていった。子規の写生は近代大衆俳句の立て看板になったのである。

 ただし子規の写生は「詩歌の源泉である心を遊ばせること」を否定するようなものだった。言葉の想像力を視野に入れないという重大な欠陥を抱えていたのである。

 子規の弟子・高浜虚子は写生をさらに先に進めて「客観写生」を唱えた。それは長谷川によると、想像力の働きを無視するという写生の欠陥をさらに際立たせる方法であった。それに対して批判が起きると「花鳥諷詠」を提唱する。これは事実上「客観写生」を否定するものである。

 その後、加藤楸邨、飯田龍太の二人にいたって、俳句はふたたび言葉の想像力を回復し、古代以来の詩歌の大道に立ち返った。

 ……以上が本書によって描き出される俳句の大まかな流れである。このような俳句史が研究者のあいだでどの程度の支持を得ているのか、私はよく知らない。率直にいって本書を読んだかぎりではいくつか疑問も残った。芭蕉の句「古池や……」に関する解説はやや大仰な感じがするし、連句とシュルレアリスムとの共通性に言及するくだりも面白いといえば面白いが、やはり少々の無理を感じないではない。

 一茶論のくだりで大衆化すなわち近代化とする大雑把な用語法にも違和感は拭い難いが、とはいえ一茶の句が親しみやすい庶民性をもっていることも確かだろう。俳句に限らず映画でも美術でもそれを味わうためには歴史的文脈をある程度知悉しておくことは必要だが、作品のハイコンテクスト性が強ければ強いほど、そのジャンルはより閉鎖的になることも否めない。その意味では一茶が俳句の歴史に刻んだ足跡は貴重だと思う。あらためて一茶の句集を手にとってみたくなった。
by syunpo | 2018-12-03 19:10 | 文学(詩・詩論) | Trackback | Comments(0)