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小さな言説に対する苛立ちを言語化する〜『新・目白雑録』

●金井美恵子著『新・目白雑録 もっと、小さいこと』/平凡社/2016年4月発行

b0072887_09204293.jpg「その時々の時代の大文字のニュースや出来事の周辺で書かれた様々の小さな言説に対する苛立ち」にアイロニーをまぶして言語化したエッセイ。その執拗な絡み方とあいまって今時のSNS界隈では最も嫌われそうな芸風だが、私はそれなりに楽しく読んだ。

 いとうせいこうの『想像ラジオ』を皮肉っぽく寸評し、磯田道史が新聞に書いた書評文をやり玉にあげる。
 片山杜秀が『砂の器』に寄せた批評に対しては、松本清張の原作を読んでいないことを推測してやはり揶揄めいた論評を加えることになる。

 映画『ローマの休日』のアン王女に扮した森村泰昌のセルフポートレイト作品を貶すあたりはかなりマニアックな考察を展開している。森村の扮装はサマーウールのスカートで霜ふりのピンク。……だがそもそも『ローマの休日』はモノクロ映画なのだから、カラー写真なのはおかしい。映画の中でヘップバーンが着たフレア・スカートはカシミアのグレーかブルーと考えるのが、五〇年代のファッションを考えれば「常識」だという。

 お世辞にも名文とは言い難い文体で紡がれるクリティカルな言葉は読者によってはっきり好悪が分かれるだろう。単なる言いがかりじゃないかと思われるような箇所もなくはないけれど、文化的な表層から始まったはずの森村批判からブランド人気の裏に潜む社会的貧困の問題にも話が及んだりするから油断ならない。

 政治の質が劣化したあまり、小説家やアーティストまでが優等生的に大きな問題に立ち向かうことを要請されるような時代、あるいは東浩紀のいう「学級委員長」的なインテリの言説が目立ってしまう時代にあって、「小さいこと」に拘泥した文章芸に触れるのも悪くない。

by syunpo | 2019-06-29 09:23 | 文学(小説・批評) | Trackback | Comments(0)

冷酷非情な武将というけれど〜『源頼朝』

●元木泰雄著『源頼朝 武家政治の創始者』/中央公論新社/2019年1月発行

b0072887_09232130.jpg 鎌倉幕府を創設し武家政権を築き上げた源頼朝。ただその歴史的評価は今ひとつ芳しいものではない。特に人物像をめぐっては冷酷非情の評価がついてまわる。本書はそのような評価に異議を唱えてこれまでにない頼朝像を描き出す。

 また昨今の日本史学では、中世成立期の公家と武家をことさらに区分し、両者の対立を強調する見方が強まっているらしいのだが、著者によればそれは「古めかしい歴史観の再燃」だという。本書ではそのような歴史観に捉われることなく、頼朝と京との関係も見直されている。

 波乱万丈の生涯であった。十三歳の時、平治の乱に敗れ父義朝を失い、自らは伊豆に配流されて苦難の時代を過ごす。
 二十年後、挙兵して南関東を占領、そこから紆余曲折を経て、鎌倉幕府を開き、武家政権を樹立した。
 こうした履歴をみれば、歴史家としてもその足跡を辿ってみようという知的探究心が働くのも当然かもしれない。

 良くも悪しくも本書で最も印象深いのは、頼朝が宿敵の平氏や平泉藤原氏を倒した後、身内ともいえる木曽義仲や義経をも滅亡に追いやった一連の経緯を検証するくだりである。歴史には身内どうしの血腥い争いは付き物とはいえ、頼朝の躍進に多大なる貢献のあった者への非情ともいえる行動をどう評価すべきなのか。

 義経と頼朝の対立の原因はいくつかあるが、最終的には義経と後白河上皇が手を結んで、頼朝の統制から逸脱を図ったことが決定的であった。そこには幕府の分裂、後継者をめぐる内紛、さらには幕府崩壊の危機さえも胚胎していた。「幕府という新たなな権力を守るためには、後白河と結ぶ義経の抑圧は不可避であった」。その意味では「頼朝は落としどころを考え、あくまでも冷静に対応しようとしたといえる」と元木は肯定的に評価するのである。

 また娘の大姫入内を企図して果たせなかった頼朝晩年の朝廷との交渉についても否定的な論評が多い。清新な東国での政治を創始したはずの頼朝が、その貴族的な性格から、澱みきった公家政権に足を取られたとする見方である。

 それに対しても元木は反論する。途上で大姫が他界したことで頼朝の画策は成功しなかったが、それを「失政」とみるのは結果論であって、当初の状況からすれば頼朝にとって「後宮を牛耳る院近臣を籠絡し、娘を入内させることなど、いとも容易に思えたはずである」と推察。朝廷に介入したことに一定の理解を示している。

 そのような調子で本書では全体を通して頼朝の立場に寄り添った記述が貫かれている。ただそれにしても頼朝に対する酷評にいちいち反論しようとするあまり、贔屓の引き倒し的な読後感も拭いがたい。古今東西いかなる人格者といえども完全無欠な人物などいないのだから、マイナス査定はマイナス査定として淡々と記述した方が歴史書としてはもっとリアリティが出たと思うのだが、どうだろう。

by syunpo | 2019-06-26 18:55 | 歴史 | Trackback | Comments(0)

比較研究法による人類史〜『歴史は実験できるのか』

●ジャレド・ダイアモンド、ジェイムズ・A・ロビンソン編著『歴史は実験できるのか 自然実験が解き明かす人類史』(小坂恵理訳)/慶應義塾大学出版会/2018年6月発行

b0072887_09230289.jpg 歴史は実験できるのか。その問いに対する本書の回答はイエス。ただしその実験は実験者が直接コントロールできるものではない。本書のキーワード「自然実験」とは比較研究法のことをいう。

……歴史関連の学問では、自然実験あるいは比較研究法と呼ばれる方法がしばしば効果を発揮している。このアプローチでは、異なったシステム同士が──できれば統計分析を交えながら量的に──比較される。この場合、システム同士は多くの点では似ているが、一部の要因に関しては違いが顕著で、その違いがおよぼす影響が研究対象となる。(p8)

 その意味では「自然実験」とはあくまで比喩的な表現というべきかもしれない。
 たとえば、ドイツにおける地域ごとの経済発展のばらつきをフランス革命の影響との関連で分析する論考では、フランスによる侵略と改革を受けた地域は「処置群」に、そうでなかった地域は「対照群」に喩えられる。
 ちなみにその「実験」からは「フランスが導入した制度改革が都市化を促したため、改革とは縁のなかった地域よりも経済が成長したこと」が推測されている。

 本書はそのような自然実験に基づく論稿を集めたアンソロジー。書き手の専門分野は、歴史学のみならず、進化生物学、開発経済学、政治経済学など隣接する様々な分野にまたがっている。

 パトリック・V・カーチは、ポリネシアの三つの社会を実験的に細かく比較しながら、文化が進化する過程でないまぜになった相同と相似を解きほぐしていく。
 マンガイア島、マルケサス諸島、ハワイ諸島はいずれも同じ文化的基盤から歴史の軌跡を歩み始めたが、千年後には大きく異なる社会を形成した。相対的に資源に恵まれていたハワイでは余剰作物が安定的に供給されるようになると、他のエリアには見られない国家形態すなわち首長国から王国へと政治システムを移行させた。

 ジェイムズ・ベリッチは一九世紀植民地に共通する成長の三段階を描き出して卓越した議論を展開している。
 かつて欧州の植民地支配を受けた七つの地域でのフロンティア社会の発展を比較してみると、どこでも同じようなサイクルをたどっているという点に驚かされる。すなわち、ブーム、バスト(恐慌)、移出救済という三段階のサイクルである。
 本書のケーススタディの多くは、撹乱(処置)の違いや初期条件の相違がもたらした結果の違いの説明に重きを置いているのだが、ここでは共通点が導き出されている。

 銀行制度の成立過程を、アメリカ、ブラジル、メキシコの三地域で比較したスティーブン・ヘイバーの論考も興味深い。この三カ国ではアメリカが最も機能的な銀行制度を発達させた。詳細は省くが、自然実験を経て見えてくるのは銀行制度と民主政治との密接な関係である。

……大きな構造のなかで競争がうまく機能する銀行制度が誕生するためには、官僚の権限と決定権が制度によって限定されることが条件であり、そこには効果的な参政権の導入が関わっている。(p126)

 ジャレド・ダイアモンドは、二つの論考を寄稿している。
 一つは同じ島を二分しているハイチとドミニカ共和国の発展の違いが何故生じたのかを考察したもの。もう一つは、太平洋の島々の社会を定量的に比較して、イースター島でポリネシア人による森林破壊が引き起こされ、部族間抗争が頻繁するようになった理由を解明する。

 イースター島で森林破壊が進んだのは、住民が特に近視眼的で、風変わりな行動をとったからではない。不運にも、太平洋で最も壊れやすい環境の島に住みついたからだ。厳しい環境のなかで、木の再生率はどこよりも低いレベルにとどまった。(p143)

 ネイサン・ナンは、奴隷貿易がアフリカに与えた影響を考察。奴隷貿易がその後のアフリカの経済発展に悪影響を及ぼしたことを論証している。「アフリカでも特に多くの奴隷が連れ去られた地域は、今日のアフリカで最も貧しい地域である」という結論は衝撃的だ。

 アビジット・バナジーとラクシュミ・アイヤーは、イギリスのインド統治をインド各地の比較において検証する。植民地時代に採用された地税徴収制度の違いによって、その後の発展の軌跡が大きく異なることを明らかにした。

 ダロン・アセモグルら四人は共同研究によってフランス革命の拡大が与えをた影響の自然実験を行なっている。前述したように、フランス革命はその後の各国における経済成長にも影響を及ぼしたことが詳らかにされるのである。

 自然実験という方法を明確に打ち出した本書にあっては、少なからぬ論稿が論題の詳述以前に自然実験としての学問的精緻さを担保するために、前提となる実験手続きに関する説明に多くの紙幅を費やしている。もちろんその作業があってこそ、結論に説得力をもたらしていることは確かだが、ややもすると一般読者にはかったるい読み味を醸し出しているといえなくもない。無論そのことが本書を評価するに際してマイナスになることはないと思うが。

 ちなみにスペシャリストの歴史学者の一部からは、自然実験という方法そのものに否定的な見解が提起されているらしい。
「私は四〇年におよぶ学者としての人生をアメリカの内乱の研究にささげてきたが、未だに十分に理解できない。それなのに、内乱全般についてどのように論じられるだろう。いや、アメリカの内乱をスペインの内乱と比較するのも不可能だ。私はスペインの内乱の研究に四〇年の歳月を費やしていないのだから。……」と。

 それに対する反論はすでに本書の記述全体でなされていると思われるが、念のために編著者のあとがきの言葉を引いておこう。

……たしかに、ひとつの出来事を長年研究していれば、それはひとつのアドバンテージになるだろう。しかし出来事を従来とは異なる新鮮な視点から眺めたうえで、ほかの出来の研究から手に入れた経験や洞察にそれを応用すれば、従来とは異なるタイプのアドバンテージが得られる。(p272)

 余談ながらこのような学問的方法は、歴史学や人類学を専門とするわけではない著作家たちにも影響を与えている。最近では柄谷行人が本書から示唆を得て『世界史の実験』を書いたことを言明しているほどだ。優れた知の実験には種々の垣根を越えていく力があるということだろう。

by syunpo | 2019-06-23 21:20 | 歴史 | Trackback | Comments(0)

民主主義は暗闇の中で死ぬ〜『情報隠蔽国家』

●青木理著『情報隠蔽国家』/河出書房新社/2018年2月発行

b0072887_09224419.jpg 共同通信記者を経てフリージャーナリストとして活躍している青木理がサンデー毎日に発表した文章をもとに編集した本である。

 現役自衛官や元・公安調査官のインタビューを軸にしたルポルタージュが前半に収録されていて、それらが本書のメインコンテンツといえようか。

 前者は、防衛省情報本部に配属されていた時に起きた情報漏洩問題に巻き込まれた顛末を聞き出したもの。後者は、公安調査庁のトンチキな活動ぶりを暴露をしたものである。それぞれに生々しいファクトを伝えて読み応え充分。

 防衛省の情報漏洩問題とは、二〇一五年、参議院での安全保障関連法制に関する共産党議員による質問に端を発する。自衛隊の統合幕僚監部が法案の成立以前に米国側と共同作戦などについて検討を始めていたことを追及したものだった。その際に共産党が独自入手した文書が示されたのだ。政府は文書そのものの存在を否定。その一方で省内では「漏洩元」を探る捜査がひそやかに進められた。そこで「犯人」に仕立てられた現役自衛官に直撃取材を行なったのである。

 国会で暴露され問題化した案件について、情報を隠蔽する一方で、見せしめ的に特定の誰かを証拠不充分なまま懲らしめるという官僚機構の矛盾。同時にその陰湿な体質を抉り出したジャーナリスティックな文章といえよう。

 元公安調査官の単独取材をもとにしたルポの方も多くの問題点を提供してくれる。
 公安調査庁は一九五二年、破壊活動防止法の制定に伴い法務省の外局として設置された行政機関。ここに登場するのはもともとは共産党や旧ソ連関係の情報分析などを担当してきた人物である。その後、国際テロ関連の調査に関わるようになった。主要な仕事はムスリムの監視。そうこうしているうちに当人がムスリムに改宗したというのだ。イスラム法学者の中田考との出会いが大きかったという。ミイラ取りがミイラになったような話だが、案の定、上司からは嫌がらせを受け、退職に追い込まれた。その顛末を通して、公安調査庁という役所のアナクロぶりや無能ぶりが暴露されている。公金の無駄遣いというなら、こういう組織の存在自体が議論の俎上に載せられるべきではないかと思わせる。

 ただし、それ以外のコラム的な短文は論旨には異存はないものの、いささか定型的な政権批判がつづき、私には少々退屈だった。

by syunpo | 2019-06-20 18:30 | ノンフィクション | Trackback | Comments(0)

ノーベル賞候補作家初の短編集〜『天使エスメラルダ』

●ドン・デリーロ著『天使エスメラルダ 9つの物語』(柴田元幸、上岡伸雄、都甲幸治、高吉一郎訳)/新潮社/2013年5月発行

b0072887_09221903.jpg ドン・デリーロ初めての短編集。『ポイント・オメガ』を読んでもっと他の作品にも触れてみたいと思い、ほぼ同時期に原著が刊行された本書を手にとってみた。

 多様な題材の作品が収められているが、デリーロの作風というかスタイルにある傾向を見てとることができたのは収穫。強く印象づけられたのは、作中の登場人物が偶然見かけた人間の人となりや家族構成などを具体的に想像(というより妄想に近い)する場面が度々出てくること。

〈ランナー〉では、公園で子供が拉致される場面に出くわした女性が犯人は離婚後の父親であると決めつける。親権を持っている母親から子供を奪ったというわけである。
〈ドストエフスキーの深夜〉においては、学生二人が街中で見た老人の生活ぶりを詳細に語り合う様子が作品の重要な要素になっている。
『ポイント・オメガ』でも、展覧会場で語り手の人物が男性二人組の関係について想像をたくましくするくだりが印象的だった。

 デリーロ自身はインタビューの中で「私はやったことはありませんが、異質な誰かの人生を再創造したがる人たちのことはたやすく想像できます」と語っている。
 まさに小説における人物造型の欲望やプロセスが作中人物の対話や想像という形をとおして、自己言及的に叙述されているようにも読める。

 またビジュアル作品をとおして主人公たちが一つの啓示を得たり、高次の境地に至るのもデリーロ作品の一つのパターンといえそうだ。

〈バーダー=マインホフ〉では、ドイツ赤軍のメンバーの死を描いた絵画を見た女性が、画面を何度も観ているうちに十字架が浮かび上がるのを感知して、テロリストたちも許され得ると感じる境地に達する。
『ポイント・オメガ』でも、映像作品を繰り返し鑑賞する「匿名の人物」がそこから得られた霊感のようなものを延々と述懐していたものだ。そうした描写からは、デリーロ自身の映像に対する独特のセンスを感受できる。

 そのほかの作品では、表題作〈天使エスメラルダ〉が不思議な魅力を発している。荒廃したスラム街で不幸な殺人事件が起きた後に出現する奇跡を描いたもので、年老いた修道女の揺るぎない使命感が印象的だ。都甲幸治は「宗教とは違う形での信仰」と解説しているけれど、私にはこれこそ宗教の信仰そのものを文学的に表現したものという感じがする。無論それは最大級の褒め言葉である。

〈第三次世界大戦における人間的瞬間〉は、宇宙船から戦争中の地球を眺める二人の飛行士のやりとりを綴った風変わりな掌編。船内の高度なテクノロジーの描写が淡々とつづく中で、突然、半世紀も前のラジオ放送を受信する場面が入りこんでくる。それは確かに一つの「人間的瞬間」だった。

 ギリシャで暮らす外国人の男女が大地震とその後に続く余震の中で生きる恐怖と不安を描き出した〈象牙のアクロバット〉も佳品。「大地」を一つのキーワードにしている点では、クライストの《チリの地震》を想起させて興味深く読んだ。

 都甲のあとがきによると、デリーロ作品は日本ではかつて何冊も翻訳書が刊行されたが、絶版になったものが多いという。毎年ノーベル賞候補に名前が挙がっている作家にしては淋しい話である。

by syunpo | 2019-06-15 19:10 | 文学(翻訳) | Trackback | Comments(0)

啓蒙装置としての役割は終わったのか!?〜『万博の歴史』

●平野暁臣著『万博の歴史 大阪万博はなぜ最強たり得たのか」/小学館/2016年11月発行

b0072887_09215709.jpg 二〇二五年、大阪で二度目の万国博覧会が開催される。EXPO70の時と比べて、地元での期待感はほとんどない。どころか開催に否定的な声が未だによく聞かれる。万博で人やカネの流れを活性化する手法は前世紀までのもの、その歴史的使命は終わったという意見も多い。

 本書は二〇二五年大阪万博開催の決定前に刊行されたものだが、万博の今日的意義を再考するには有益なテクストといえるだろう。

 万国博覧会とは何か。本書ではまず何よりも近代化と帝国主義の産物であると規定する。

 国民を消費者として啓蒙するために最先端の技術に触れさせることは極めて効果的であった。
 同時に西洋諸国にとって、植民地の文化を紹介することも重要であった。

……植民地をもつのは一等国の証。自国が支配するエキゾティックな辺境とそこに息づく非文明社会をディスプレイすることは、もっともわかりやすい国力の証明であるとともに、近代社会の正当性をアピールするものだったわけです。
 文明化された民と未開で野蛮な民。その強烈なコントラストは、西洋文明の優位性と非西洋社会の劣等性を浮き彫りにします。同時に、野蛮が教育により解放されて進化するイメージを喚起します。万博は帝国主義と植民地主義の正義を証明する舞台でした。(p48)

 平野によれば、万博は一九三三年シカゴ博〜一九三九年ニューヨーク博の時代を境に、その性格が大きく変化したという。平野は、それ以前を【万博1・0】、以後を【万博2・0】と呼んで区別する。端的にいえば、前者は「モノで語る万博」、後者は「物語で語る万博」だ。

 さらに第二次世界大戦後にも曲がり角を迎える。産業技術の進歩が人類を幸福に誘うという命題を無条件に信奉することが難しくなったからだ。

そこで、一九五八年のブリュッセル博では、テーマを設定することが万博の存在証明であるとの立場を鮮明にする。しかし八年後のニューヨーク博では、集客を第一に考えたアミューズメント重視の姿勢に再び転じた。

 一九七〇年の大阪万博は、その両者のいいとこ取りをすることで成功をおさめたと平野は見る。すなわち理念はブリュッセル、見せ方はニューヨークを踏襲したという。
 岡本太郎を「対極主義」の観点から論及する批評的分析もまことに興味深い。

 しかしそれ以降の万博は、世界の環境変化の荒波を受けて、存在価値を低下させていく。「情報エリートが大衆に知識をわけ与える」という「情報の非対称性」が小さくなり、大衆が保有する体験情報の質が向上したことで万博の「体験の非日常性」も低下したというわけだ。

 以上のように、万博の歴史を振り返ることはそのまま世界の近代史を概観することでもある。全体を通して理路整然とした記述で万博の歴史がコンパクトにまとめられている。

 ただ著者自身がビジネスとして万博に深く関わってきたためか、万博に対する思い入れが強く出過ぎという印象なきにしもあらずだ。
 本書の歴史観からすれば万博の歴史的役割は終わったと見るのが自然な総括だと思うのだが、平野自身は「博覧会をオワコンだとは考えていない」と記している。ただしその論拠が具体的に示されているわけではない。

 もちろんそのような点を差し引いても、本書の価値は充分に保証できる。著者と同じ世代である私には、とりわけ大阪万博を回顧するくだりには懐かしさ以上の熱いものが感じられたのもまた事実である。

by syunpo | 2019-06-12 19:30 | 文化全般 | Trackback | Comments(0)

絵の修復という仕事〜『モネ、ゴッホ、ピカソも治療した絵のお医者さん』

●岩井希久子著『モネ、ゴッホ、ピカソも治療した絵のお医者さん 修復家・岩井希久子の仕事』/美術出版社/2013年6月発行

b0072887_09213551.jpg 絵画修復家として活躍している岩井希久子が自らの仕事を語りおろした記録である。修復の具体的な方法のレクチャー、女性としてキャリアを積むことの苦労話、日本における絵画修復・保存のお寒い状況などなど話題は多岐にわたる。俳優の宮本信子、金沢21世紀美術館館長の秋元雄史との対談も興味深い。

 修復の基本は汚れのクリーニング。いろいろな方法があるが、いちばんオーソドックスなのは唾液を使う方法だというのは初めて知った。綿棒に唾液をつけて絵の表面をくるくるっと転がす。酵素が含まれていて適度の粘り気と温かさがあり、すぐに乾くのが利点。「修復用の液体石けんなどもありますが、水溶性の汚れは、唾液のほうがきれいに落とすことができます」。

 名画の八割は、過去の修復によってオリジナルの状態をとどめていない。衝撃的なのは、過去に行われた不適切な修復が絵にダメージをあたえていることがあまりに多いという指摘。とくに一九六〇〜七〇年代にアメリカで主流だったやり方には弊害があるという。キャンバスの裏側に布などを貼って、絵を補強し平らにする古いやり方だ。接着剤を使って熱と圧力を加えるため、絵具の表情がつぶれてしまい、さらに接着剤によって絵全体が暗色化してしまう。こうした過去の「修復」を修復するのも現代の修復家の仕事のひとつである。

 修復もさることながら、作品を劣化させないための予防の重要性を力説しているのも本書の核を成すメッセージの一つだろう。「個々の作品に適した状態で隔離して展示するのが、これからの美術館の展示方法」で「低酸素密閉」するのが理想だという。直島の地中美術館でそれが実践された。

 ただし日本の美術館は欧米に比べると、修復や保存に関してはかなり危機的状態にあると警告を発している。二〇〇九年に開かれた「日本の美術館名品展」でコンディションチェックを担当した時にそれを実感したらしい。出品された作品のなかには、ガラスの内側が曇っていたり、破れたまま送られてきた絵もあった。学芸員が絵の状態に気づいても必要な予算が取れないようだと推察している。日本では修復部門のない美術館が多い。建物を作るのは熱心だが、それを維持していくための予算措置も人材教育も後回し。「まさにうつわ行政の典型です」。
 現場からの声だけに文化行政への批判にも説得力が宿る。

 さらにもう一つ印象に残ったのは、東日本大震災による津波によってダメージを受けた版画作品に施した処置だ。泥をかぶった作品をそのままの状態で低酸素密閉することを提案し実現した。「辛く苦しい体験は、伝えていかないといけない」という考えに基づくものだ。

 修復とは何か。絵を保存するとはどういうことか。そのシンプルな問いに対する答えは一つではない。

 絵画修復家とはすぐれて職人的な技術を駆使する者であると同時に、深い思考をも求められる哲学者的な存在でもあるのだろう。それが本書をとおして得た私なりの理解である。

by syunpo | 2019-06-06 19:40 | 美術 | Trackback | Comments(0)

哲人の人生に学ぶ〜『はじめての哲学』

●石井郁男著『はじめての哲学』/あすなろ書房/2016年2月発行

b0072887_09211949.jpg 本書で取り上げる哲学者は十四人。タレスに始まり、サルトルで〆る。それぞれの伝記的事実に着目して、その哲学のエッセンスを解説するというシンプルな構成である。

 著者の石井郁男は、小学校・中学校・高等学校で四十年間教えた後、現在、福岡県立大学、健和看護学院で哲学教師をつとめている。

 難解をもって鳴るカントやニーチェも石井の手にかかると実にわかりやすい。ということは、それなりに単純化や通俗化がほどこされているということでもあるだろう。まぁ入門書とは多かれ少なかれそういうものかもしれないが。

 ヨシタケシンスケのイラストが親しみやすい雰囲気を醸し出している。

by syunpo | 2019-06-05 20:30 | 思想・哲学 | Trackback | Comments(0)

モダンアートと砂漠をつなぐ言葉〜『ポイント・オメガ』

●ドン・デリーロ著『ポイント・オメガ』(都甲幸治訳)/水声社/2019年1月発行

b0072887_09205225.jpg とある美術館の暗闇の中、超低速で映し出される映像。それを見つめ続ける「匿名」の人物。小説はその場面の描写から始まる。それはヒッチコックの『サイコ』を二十四時間にまで引き延ばした、ダグラス・ゴードンの《二十四時間サイコ》で、実際にニューヨーク近代美術館に展示されたビデオ作品である。

 読者を幻惑するようなモダンアートの空間から、一転して舞台は荒涼たる砂漠が広がるサンディエゴへと移る。

 ブッシュ政権のイラク戦争にブレーンとして関与したリチャード・エルスター。職を解かれた後「報道と交通による吐き気」から体を取り戻すために、誰もいない砂漠の家にやってきたのだ。そんな彼のインタビューをもとに記録映画を撮ろうとしているジム・フィンリー。しかしカメラを回せないまま、長い時間が過ぎていく……。

 戦争、記憶、意識、宇宙をめぐって続けられる対話。奇妙で晦渋な言葉のやりとり。

 エルスターは俳句について語り、ズコフスキーやパウンドの詩を時に声を出して読み、テイヤール・ド・シャルダンの唱えた「オメガ・ポイント」仮説を口にする。
「我々は生物学の領域から飛び出すんだ。自分に問いかけてみたらいい。我々は永遠に人類じゃなきゃならないのかって。意識なんてもう干上がってしまった。今や無機質に還るんだ。我々はそうしたいのさ。野原の石ころになりたいんだ」。

 エルスターの娘、ジェシーが途中から男二人の前に現れる。彼女はある男に付きまとわれて、ニューヨークから避難してきたのだ。三人の奇妙な日々がしばらく続いた後、エルスターとジムが町まで買物に行き帰ってきたときにはジェシーの姿はなかった。

 次第に焦燥感を募らせ、弱っていくエルスター。かつて、多くの死者を出した戦場に若者を駆り出した人間が、一人の娘の失踪に心身をすり減らしていく。人間という名の矛盾した存在。それを露骨に体現する元エリートを読者は蔑むべきなのか。あるいは人間とはなべてそのようなものだと諦念すべきなのか。

 喧騒と交通から遠く離れた砂漠で宇宙の運命までを夢想する一人の男。美術館の暗闇の中で映像を凝視し続ける匿名の人物。構成はシンプルだが、作中に仕掛けられた思索への契機は幾重にも広げられている。

 私にはいささか難解な作品であるけれど、デリーロの研ぎ澄まされた文章に摩訶不思議な魅力を感じたことも確かである。

by syunpo | 2019-06-04 19:30 | 文学(翻訳) | Trackback | Comments(0)

音楽は好きでも授業が退屈なのはなぜ?〜『平成日本の音楽の教科書』

●大谷能生著『平成日本の音楽の教科書』/新曜社/2019年5月発行

b0072887_09203704.jpg 国語や歴史の教科書あるいは入試問題をネタにした本は何冊も出ているが、音楽の教科書について書いた本は珍しいかもしれない。

 小学校・中学校・高等学校で使用されている音楽の教科書を読む。批評だけにとどまらず、改善すべき授業の具体的提案までを行なう。それが本書の趣旨である。

 著者の大谷能生はサックス奏者で、批評・執筆のほか東京大学や専門学校で講義も行なっているミュージシャン。

 まず第一に、平成日本の音楽の教科書は意外と内容が盛り沢山であることに驚いた。特に高校の教科書は手にとって読んでみたくなった。

……リコーダー、ギター、和楽器その他の独奏・合奏曲があるかと思うと、発声のエクササイズがかなり詳しく載っていたり、「音楽の魅力を言葉で伝える」という批評文の書き方のページがあったり、写真付きでギターのコードの押さえ方も掲載されていて、楽典も、ギリシア時代からの西洋音楽史はもちろん、「現代の音楽」では、ジョン・ケージ、黛敏郎、西村朗、カプースチン、タン・ドゥン、細川俊夫……と、知らなくても普通な作曲家までばんばん取り上げられていました。(p58)

「高校を卒業するまでに生徒がこれだけのことを覚えてできるようになっていれば、音楽なんて屁の河童、以後の人生でどんなサウンドが来ても平気になるはず」と大谷はいう。

 本書全体を通して、著者自身の音楽(教育)観が前面に出ていて、賛否は別にして音楽論の書物としてはなかなかおもしろい。
 とりわけクリストファー・スモールの「ミュージッキング」を引用して、音楽「する」ことの重要性を強調するスタンスは方向性としては大いに共感する。

 それに関連して、音楽が持つ「商品価値」については義務教育では教えないという方針について、大谷は批判的である。商品としての音楽は 「まだ見ぬ「社会」を覗くための窓」であり、そのような音楽に触れることで、社会的な経験を擬似的にせよ得ることができると主張するのだ。

 もっとも、芸術作品としての音楽と商品としての音楽という二分法が大谷が認識しているような形で成立するのかどうか私は疑問に思っているのだが。

 いずれにせよ、ここで提案されていることを実践することの是非については議論の余地があるだろう。

 私自身は学校教育にさらなる過大な要求をすることには違和感をおぼえることが多い。本書でも前半で教科書に書かれていることすべてを教えることは物理的に困難であることを認めていながら、後段では、あれもこれもと要求を出しているのにはいささか首をひねった。そもそも教育の実践を既存の学校のみに押し付けるような世の風潮そのものを再考する必要があるのではないかと私は考える。

 ところで、二〇〇六年の教育基本法の改訂において「伝統と文化を尊重する態度」を養うための教育が義務付けられた。そのため日本の伝統音楽を学ばせることが重視されるようになり、教科書でもその点が明確に意識されているという趣旨の指摘は興味深い。教育基本法の改定は音楽教育にも多大な影響を及ぼしており、バカにはできないことを再認識させられた次第である。

by syunpo | 2019-06-02 22:00 | 音楽 | Trackback | Comments(0)