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●田中優子著『グローバリゼーションの中の江戸』/岩波書店/2012年6月発行
![]() 本書ではロナルド・トビの『「鎖国」という外交』など歴史学の成果に立脚しながら江戸時代の日本を国際社会との関連によって、すなわちグローバリゼーションの中に位置づけて見ていく。 たとえばファッション。着物は日本独特のものではない。その形は中国から来て東アジア諸国と共有し、その文様や技法はインドを含めたアジア全体と共有している。あるいは美術。印象派に日本の衣類や道具類、庭のデザイン、浮世絵が大きな影響を与えたことはよく知られている。その浮世絵じたいは中国版画の影響を受けて発展してきたと考えられている。日用品に関しても、陶磁器や眼鏡などは世界市場との関わりのなかで普及するようになった。 また江戸時代の出現をグローバルな視点から分析するくだりにも蒙を啓かれた。豊臣秀吉の朝鮮出兵によってアジアで孤立を深めた日本は、江戸時代に大きな外交の転換をはかろうとした。「鎖国」というイメージとは反対に、江戸時代こそがようやく本格的なアジアとの外交が始まった時代と田中は指摘する。 ……日本は、江戸時代になると初めて、東アジアで中国・朝鮮・ヴェトナムと対等になろうとしました。それも軍事的な力によるものではなく、文化・文明の高さと技術力において、対等になろうとしたのです。江戸時代の平和主義、官僚機構の整備、インフラ整備、治安の良さ、教育水準の高さは、そのような幕府の姿勢によって徐々に作られたもので、努力によって積み上げられたものです。(p157) また鉄砲の伝来が戦国時代の終焉をはやめたことはよく言及されることだが、本書ではさらに鉄砲を自国生産するようになったことに象徴的な意義を見出している点は興味深い。つまり(銀生産などの)資源で生きられなくなった日本は世界に存在する技術産品を自ら作ることができるようにすることで生き残りをはかったのである。 江戸期日本は閉鎖的というよりも国際社会のアクターとして、諸外国との間で相互に影響を受けたり与えたりしていた。しかもそれを内発的に為していたことは注目に値する。江戸時代に様々な問題点のあったことは確かだが、よく言われる日本の島国的・鎖国的な発想というのは、江戸時代にはまったくあてはまらないことがよくわかる。岩波ジュニア新書〈知の航海〉シリーズの一冊だが、大人が読んでもおもしろく勉強になる本だ。 ▲
by syunpo
| 2015-05-01 19:37
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●ロナルド・トビ著『「鎖国」という外交』/小学館/2008年8月発行
![]() 江戸時代を通して対外関係の窓口となっていたのは、長崎、対馬、薩摩、松前の四箇所。関係をもっていた国は、中国(明・清)、朝鮮、オランダ、琉球王国、蝦夷である。これらは、鎖国政策の例外というよりも、対外政策上、意図的に選ばれた窓口であり相手であった、と見る方が自然ではないか。そもそも国家が出入国を厳重に管理するのは当然のことであり、現在でも外国人が入国できるのは空港や港など場所は限られている。実際、徳川幕府の公式文書や法令のなかに「鎖国」の文字は一切みあたらない。 〈江戸時代は「鎖国」を国是として、対外関係は一部をのぞいてつねに閉鎖されていた、という観念〉は〈幕末以降に広まった〉ものであり、それは明治維新の「開国」「文明開化」との対比において誇張された歴史観にすぎない、という趣旨のことを仲尾宏も著書『朝鮮通信使——江戸日本の誠信外交』のなかで述べている。 本書はそのような歴史認識に基づき従来の鎖国史観からの脱却を目指して記された江戸外交史である。著者は近世の日朝関係を専門に研究している米国人歴史学者。 著者によれば、日本は「鎖国」と呼ばれた時期の最初の一世紀、じつは積極的に商業・技術、または外交政策上において必要で有用な海外情報の収集活動をした。とくに中国とは正式の外交関係はなかったが、日本の輸入品の大部分を生産する重要な国であったことから、つねに中国の情報を入手しようとしていた形跡がうかがわれるという。 幕府が外国情報を収集するためのルートは、いうまでもなく「四つの口」のうち長崎や対馬、薩摩を結節点として整備されていた。 たとえば、中国船が長崎に入港すると唐通事が船長などに聴取して得た情報をまとめた風説書(報告書)を長崎奉行を介して江戸へと送付された。対馬藩や薩摩藩は、幕藩体制の原則にふさわしく幕府の意思と政策に対して敏感に反応した、とされる。 また、一般に「鎖国」体制が完成したといわれる寛永一六年(一六三九年)のポルトガル船追放以後も、日本は朝鮮との外交を積極的に維持した。朝鮮通信使の受け入れや対馬藩の対朝鮮貿易は「鎖国」体制以降も継続されたのである。幕府は朝鮮通信使の行列を民衆に見せることで明らかに幕藩体制の権威づけや強化に利用していた。 その意味では「鎖国」的政策による閉鎖的で内向きの統制によって秩序維持をはかったというよりも、時に外交関係を利用した戦略的な統治によって幕府の求心力を強めようとした、とみる方が実態に即しているだろう。 一六四〇年以降の日本は、東アジアにおいて確固とした存在感をもっており、東アジアの発展と歩調を合わせていた。従来の「鎖国」論は、日本がアジアの一員であることを無視して、ヨーロッパとの関係だけを切り離して論じていたといえるだろう。(p18〜19) ロナルド・トビは日本・東アジアの近世近代史の専門家であり、自身が最初に断わっているようにヨーロッパとの関係についてはあまり論じられていない。また逆に近世の美術史料をめぐる記号論的な読解に多くの紙幅が費やされている。外交史としてはややアンバランスな叙述と論点の散らばった構成には不満が残らないではないが、近世の日本をアジア史的な文脈で理解するうえでは新たな視座を与えてくれる面白い本であると思う。 ▲
by syunpo
| 2010-06-15 19:09
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●網野善彦著『「日本」をめぐって〜網野善彦対談集』/洋泉社/2008年6月発行
![]() 全編をとおして、「百姓=農民」と考える旧来の農業中心史観や発展段階論に対して批判の刃が向けられ、「海」「村」「農」の実態を歴史的に見直す必要性が説かれている。日本の農漁村では自給自足の閉じられた共同体が営まれてきたわけではなく、古くから交易や商業が栄えてきたのである。 田中優子との対談は『無縁・公界・楽』をめぐってのもので、二人のリラックスしたダイアローグは本書の幕開けにふさわしく思われる。「鎖国」という言葉は江戸時代の公的文書には一切出てこず、一八〇一年、志筑忠雄がケンペルの『日本誌』を翻訳した時に初めてその言葉が登場した、という田中の指摘はまことに興味深い。 樺山紘一、成田龍一、三浦雅士、姜尚中との対話はいずれも二〇〇〇年に刊行された『「日本」とは何か』を基に交わされたもの。 『「日本」とは何か』は、講談社の〈日本の歴史〉シリーズの巻頭を飾る00巻として執筆され、日本という国号をはじめ国家としての成立を歴史的に見直そうとした野心作である。 対話者がそれぞれの関心に即して多様な読解を披瀝しているのを読んで、あらためて網野の晩年の代表的著作を手に取ってみようとする読者は多いに違いない。 経済用語をめぐる三浦との対話は示唆に富んでいるし、姜が東アジア全体の歴史に引きつけて網野の仕事に言及している点なども彼の立場からすれば当然とはいえ、網野の史観のダイナミズムを一層引き立てるものだろう。 最も紙幅が割かれている小熊英二との対談(小熊英二著『対話の回路』にも所収)では、小熊が網野のテキストをじっくり読み込んだうえでもっぱら聞き役に回り、その思索の変遷を跡付けていこうとするもので、網野史学全般を理解するうえで極めて有意義な対話となっている。 ただ、小熊が例によって「時代精神」との関連を重視する図式的な読みに拘泥し、網野の著作の特質ともいえる多義性や豊穰さが損なわれるような危惧も覚えないではなかった。 さらに、「時代精神」の磁力が発話者に与える影響とテキストの受容に際して働く影響とを小熊が整理しきれないままに網野に批判的なツッコミを入れているのにもいささか疑問を感じたが、それでも丁寧な受け答えを続ける網野の誠実さや歴史家としての基本姿勢がより鮮明になったという点で、小熊の執拗なインタビューも功があったというべきなのかもしれない。 網野善彦の描いた歴史は、日本列島に住む人々の生活や文化の多様性を明らかにした。それ故に方法論的にも従来の文献史学に根本的な反省をせまるものでもある。農漁村の旧家に残る「襖下張り文書」や民具資料・絵画資料などの考古学・民俗学的なアプローチをも重視した柔軟な姿勢は、これからの歴史家の可能性をさらに大きく拓いていくものだろう。 なお本書の原本は、二〇〇二年に講談社から刊行された。 ▲
by syunpo
| 2008-07-31 19:11
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